第4話 青の獣

 調査班と呼ばれる探索を主に行っているメンバーによって、この森や草原周辺の調査が行われてきた。

 その中で最近少し遠くに人工物のようなものがあるのを確認したらしく、今日はその調査に戦えるクラスメイトの半分が向かうことになった。

 集落に残ったのは最低限の護衛二人と、戦闘向きの祝福持ちではない数名、そして俺だ。

 どうやらこの辺りにはそこまで強い生物は出現しないらしく、それだけの護衛人数でも十分だという判断らしい。

 その判断がどういう結末を招くのか、まだ誰も知ることはなかった。


 それは俺がいつも通りトレーニングに明け暮れていた最中に起こった。

「たっ、大変だ?! 敵襲! 敵襲ゥー!!」

 集落の入口の方から、敵……すなわち危険な生物の襲来だ。

 正直珍しくはない。

 この辺りは危険な生物が多く、しかし対処はそこまで難しくはない。

 だが、今回の警告の口調からは、何だかただ事ではなさそうな焦りを感じる。

「一体何が……」

 俺は急いで木剣を持ち、声のする方へと向かった。


 そこで広がっていた光景は、まさに惨状と呼べるものだった。

 みんなで協力してできた簡素な家は無残にも壊され、集めた食料などの物資は食い荒らされている。

 護衛の二人は多量の血を流して倒れ、後の戦えないメンバーは人の身長のよりも二回り大きな体格をした五体のオオカミのような獣に囲まれて怯えていた。

 この世界へ来てから今まで見たこともないような生物で、その鋭そうな爪と長い牙からは、今までの生物からは感じられなかった攻撃的な印象を覚えた。


 そしてその中でも、黒い毛を生やしたほかの五体とは違い、一匹だけ青みがかった毛皮の奴からは、他の奴らよりも強いオーラが発せられていて、こいつががこの群れのリーダであることと、最強格であるということが伝わってきた。

 間違いなく、こいつらはヤバイな……


 他のクラスメイトが襲われているのに逃げるわけにはいかない。

 かと言って護衛役はもう駄目だろうし……

「……俺がやるしかないか」

 俺は奴らに気づかれぬよう、慎重に遮蔽物を活かしながら奴らの内の一匹の背後に回る。

 その間も奴らは今にも襲い掛かりそうにクラスメイト達へ向かって一歩、一歩とじりじり歩み寄っていく。

 もう猶予はないか……

 なら……!

「はぁああああああああッ!!」

 俺の気配に気づいて振り返った一体の目に、俺の木剣がちょうど突き刺さる。

 切れ味はないとはいえ、片目をつぶされたそいつは痛みのあまりその場でのたうち回っている。

 それに気が付いたほかの四体は、標的を俺に変更してこちらを警戒するようなしぐさを見せた。

 狙い通りだ……

「お前ら! 今のうちに負傷しているそこの二人を連れて逃げるんだ!」

 俺の言葉を聞いたクラスメイト達は最初は戸惑いながらも、その中の一人の少女に先導され、俺の指示通りに二人を回収し、この場から離脱していった。


「さてと……」

 俺が考えていたのは彼らを助けること、それだけだった。

 つまりここからはノープランというわけだ。

 逃げたって追いつかれるだろうし、戦っても勝てる見込みはない……せめて俺にも祝福の力があればどうなっていたかはわからないが……

 ――いや、やめた。

 どうせ考えても無駄だ。

 多分ここが俺の二度目の死地になるのだろう。

 けれど

「簡単にやられるとは思うなよ! これでも一応、全国大会の優勝者なんだぜ? さぁ来やがれ!」

 俺が言い終わるのとほぼ同時に、おそらくリーダー格となのだと思われる青毛以外の全員が、一斉にこちらへ飛びかかってくる。

「うおっ!?」

 間一髪のところでそれをかわすが、ほんの少し服のたるみがその爪に触れたかと思うと、その部分は一瞬で紙よりも簡単に裂けてしまい、制服はボロボロになってしまった。

 これが自分の体に当たっていたら、それはもう悲惨なことになっていたであろう……

 想像するだけで背筋が凍る。

 

 さらに猛攻は続く。

 一体一体がかなりのスピードと、一撃で致命傷を招きそうな高い攻撃力を有していて、さらに統率のとれた攻撃によって絶え間なく攻撃が仕掛けられ、こちらに反撃の機会さえ与えない。

 優秀なリーダーの指示と、それを理解する高い知能を有しながらあのフィジカルである。

 オーバースペックだろコイツら……?!

 このままじゃそう長くはもたないな……

 しかしそう思っていた矢先、俺はあることに気が付いた。

 

 なんだこの違和感は……

 先ほどから不思議とこいつらの攻撃が簡単によけられるようになってきた気がする。

 攻撃が鮮明に見え、身のこなしも軽い。

 感覚が研ぎ澄まされ、余裕さえ生まれてくる。

 単純に攻撃に慣れた、というよりも何かもっと大きな変化が俺自身に起きたような……

「はっ……! せやぁっ!」

 わずかな隙を狙って少しずつ木剣を当てて行く。

 切れはしないものの、確実にダメージは与えられているはずだ。

 長い時間俺は攻撃を避け続け、できた隙に確実に攻撃を与えていき、そして――

「これで……ラストォオオ!」

「グルァアア……」

 取り巻きの奴らを倒すことに成功した。

 時間稼ぎができればと思っていたが、これならおつりが来そうだ。

 まあわかっている。

 問題は――

「グルルルルル……!」 

 今までゆったりとこちらを眺めていただけの青毛のリーダーは、取り巻きたちがやられたことでようやく重い腰を動かし、臨戦態勢を取った。

「やっとお出ましかよ……高みの見物とは中々いい趣味してんじゃねぇか。ホントはもう休みたいんだけれど……そういうわけにもいかないよな? だったら……さっさとやろうぜ!」

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