第5話 never give up
森のすぐそばの草原。
気が付けば夕刻を迎え、どこか遠くで鳥の鳴き声が聞こえる。
そこには無残に壊された集落と、一匹の獣と一人の人間。
先の戦闘で研ぎ澄まされた感覚のおかげか、奴の殺気をより強く感じる。
お互いに睨み合う時間がしばらく続き、そして──
「グルァアアッ!」
「はぁあああッ!」
戦いの火蓋は切って落とされた。
狼は一気に高く飛び上がり、空中からの爪の落下攻撃を仕掛ける。
それをなんとか反応して避けたと思っていたが、軽く俺の胴体をかすめていたようで、右肩から左の脇腹にかけて大きな切り傷ができてしまっていた。
「っ……流石にあの取り巻きどもとは訳が違うよな……」
いや、取り巻きもう十分素早かったが、正直こいつの比ではない。
それに加えて……
俺は大ぶりの爪の攻撃を避けたところを狙って攻撃を叩き込もうとする、が。
それを狙っていたのか、しっかりと俺が間合いに入ったのを確認して、奴はもう片方の腕で俺を薙ぎ払う。
「フェイント……ッ!?」
咄嗟に木剣でそれを受け止め、爪のが突き刺さるのを回避したが、俺は衝撃で受け身も取れずに吹き飛ばされ、頭から地面に激突する。
「――ケホッ、ケホッ……! 噓だろ……おい……」
本当に俺はこいつを倒せるのだろうか。
全身に広がる痛みと疲労感が、段々と俺の希望を奪っていく。
こいつはさっきの奴らとはわけが違う。
単純に身体能力がさっきの奴らより高いだけじゃなく、フェイントを使うことのできる知能も併せ持っている。
それに……
「どうした……? なんで今のうちに攻撃しねぇんだ?」
俺が痛みでその場にうずくまっている間も、追撃を加えようとはせず、ただただ余裕の表情で俺を見下ろしていた。
「んだよ……随分と余裕じゃねえか? 俺じゃ相手にならないってか?」
分かってるんだよそんなこと。
もとよりそもそもの目的は、ほかのクラスメイトが逃げる時間を稼ぐための囮役。
もう十分その時間は稼いだだろうから、もうここで終わっても……
…………
「いや、よくねぇよな! 俺らしくない!」
諦めるだぁ?
ざけんじゃねぇ!
今まで俺が諦めたことがあったかよ?
あったら今の俺はこうなってねぇ!
「このまま死んでたまるかよっ! 俺は今まで絶対にあきらめてこなかった! 今までも……これからも! それだけは変わんねぇ! 潔く死ぬくらいだったら、最後まで……潔くあがき続けてやろうじゃねぇか!」
俺は再び木剣を拾い上げ、全身が悲鳴を上げているのをこらえながら、ゆっくりと立ち上がる。
中段の構えで木剣を相手に向け、呼吸を整える。
感覚を研ぎ澄ませろ……試合の時と同じだ。
いや、これはある意味試合だ。
相手は動物だし、そもそも種目が違うような気もするが、ただただ自分の持てす全てをもって、全身全霊でぶつかり合う。
命を懸けた勝負。
負けた方は死ぬ。
それだけだ。
だからこそ――
「ここで負ける訳には……いかねぇんだよっ!!」
力を振り絞り、今や鉛のように重くなった足を交互に動かす。
奴は俺が自身の間合いに入ると、高く上に飛んで落下攻撃を仕掛け、着地後には辺りに砂ぼこりが巻き上がる。
俺はとっさにその攻撃をかわしたものの、奴の攻撃の手は緩むことなく、すかさず次の攻撃が俺に叩き込まれる。
それを受け止めたり受け流したりと、相変わらず防戦一方ではあるものの、さっきよりかは冷静に戦えている。
ああ、全身が痛い……苦しい……
けれどそう感じていられるうちは、まだ余裕があるってことだ!
もっと追い込め……!
自分を! 相手を!
「はあああああああ……ッ!」
そうしている内に、次第に不思議と自身の攻撃のペースが上がっていくのがわかる。
まだ上がる……! もっと…… もっと早く……ッ!
そして段々と奴は俺の攻撃をさばききれなくなり、遂に一瞬だけ体制を崩す。
「ここだ……ッ!! ぜやぁあああああ!!」
待ちわびていたその一瞬――
俺はそれを逃すことなく、全身全霊を込めた逆袈裟斬りを繰り出して、奴の顎を木剣で斬り上げた。
「グルァアア……!?」
それをくらった奴は、そのまま地面に倒れ込む。
剣道歴十数年の俺が全力でたたき込んだ攻撃は、どうやらこいつにも堪えたらしい。
「よし、これで何とか──あっ……」
突然目の前の光景が歪む。
あれ……なんだ?
それと同時に、今までの剣道の練習でも感じたことのない疲労感に襲われ、全身が鉛のように重たくなり、俺はそのまま倒れ込む。
畜生……流石に疲れたか……
そしてやがて視界も遠くなり、全身が浮いたようなふわっとした感覚の中、俺は意識を失った――
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