第2回

と、水鳥先輩が呟き、肩をすくめた。

「どうしてです?」

と、私は訊いたが、両耳を両手でふさいでいたい衝動にかられた。

「だってこいつ、自分がデート中でも、南野から連絡があればそっちに行っちゃう奴だから」

私は、そっとうな垂れた。

 似てる!

 このミステリー研究会の4年生部員の、花田はなだ慶次けいじにだ。

 今、その当人は、熱心にミステリーを読んでいる。

 私は、ちらりと花田先輩の顔を見た。

 うちの大学の幼なじみは、そんなのばっかなの!

 と、叫びたくなるのを私はグッと我慢して、そっとため息をついた。

「百合亜が困ってる時に、飛んで行かなければ、守ったことにはならない。デートなんていつでもやり直せるからね」

と、山田が冷静に語る。

「お前さあ、そうやって何人にフラれた?」

水鳥先輩は、さすがに呆れ顔だ。

「今は、俺のことはどうでもいいよ」

山田は、無表情で言った。

「こいつこう見えて、落語が大好きなんだよ」

と、唐突に水鳥先輩が言い、「高校時代、落語研究部に所属するくらいにね」

突然のことに、私は面食らうだけだった。

「もういいよ、その話は!」

山田は、本当にいやそうだ。

「その落語研究部には、学校ナンバー1と呼び声の高い女の子がいてな、その子と付き合ってたんだ、この山田が」

「すごいじゃないですか!」

と、私は素直に驚いたのだが、「水鳥先輩と山田さん、いつからのお友達なんですか?」

「高校だよ」

「その高校には、南野さんも?」

「もちろん」

「じゃあ、デート中に南野さんから呼び出されて、っていう話の彼女ですか?」

「そう。その他に、同じようなことが2、3人くらいかな」

「ーーあれ?」

私は、首をひねると、「うちの大学、落語研究部なんてありました?」

「ないよ。こいつにとっては、南野がいる事が大事なわけだよ」

「やっぱり、そうなんですね」

 と、私は苦笑した。

「まるでーー」

 水鳥先輩は、花田先輩の方をちらりと見て、「山田の親類かと思ったよ」

「はい、わかります」

 と、私は肯いた。

「何のことだ?」

 山田が、きょとんとする。

「気にしないでください」

 と、私は言い、「それより、ストーカーは、南野さんの勘違いだったんですね」

「俺もそう思ったんだけど」

  と、水鳥先輩が腕を組んで椅子にもたれかかる。

「そもそもおかしいんだ!」

山田は、首を振りながら、「百合亜がストーカーの話をした前日に、俺は、百合亜を警護してた。もし、不審者がいれば、気がつかないはずないんだ」

「警護。もしかして、一緒に帰ったってこと?」

と、私が言うと、

「離れたところから、見守りながら警護をしてたんだ。ーーそれに、その少し前の日は、百合亜の部屋のチェックもしたけど、不審な物とか、盗聴器がしかけられたりしてることもなかった」

あんたがストーカーか!

と、私は叫びそうになるのをこらえた。

「ーーお前、南野の部屋にかってに入るのか?」

水鳥先輩も、何やら感じたようだ。

「百合亜を守るためだ」

と、山田はきっぱり言った。

「ーーうん、そうか!」

水鳥先輩は、急に目を輝かせると、「俺は残念ながら、引きこもりが専門でな!」

「何だ、急に?」

山田が、目をしばたたく。

「じつはな、うちのサークルには、幼なじみの専門家がいるんだ」

と言うと、水鳥先輩は花田先輩の顔を見て、「と言うことで、花田先輩! お願いします」

と、花田慶次先輩に手を合わせ拝んだ。

花田先輩は、きょとんとしたまま、

「ーー幼なじみの専門家?」

自分を指差し、首をひねった。

私が、水鳥先輩の顔をジロっと見ると、水鳥先輩は、そっぽを向いた。

花田先輩にも、たしかに大切な幼なじみがいる。

このサークルの副部長、冴島さえじま香里かおりである。

香里先輩のためであれば、何事より優先する、それが花田先輩なのだ。

その香里副部長は、今日はお休みだ。

花田先輩は、水鳥先輩の席に腰をおろすと、

「ーー山田さんにお訊きしたいんですが、南野さんの部屋の鍵はどうしたんですか?」

「合鍵をもらってます」

「なるほど!」

花田先輩は、コクリと肯き、「自分に何かあった時のためですね」

「何かって、なんです?」

と、私は訊いた。

「急な病とか、突然死などですね」

と、花田先輩が真顔で言う。

私は、思わず吹き出した。

「やめてくださいよ、独居老人じゃないんですから」

「独居である以上、年齢は関係ないですよ」

「百合亜も同じこと言ってました」

山田は、肯くと、「それで、合鍵を持っててって」

「なるほど。ストーカーの話を聞いてからは、なお一層警護に力を入れたんでしょうね」

「出来るかぎりですけど」

「相変わらずストーカーは、見つけることができませんか?」

「はい」

山田は、肯く。

私は、「この人がストーカーです」と、山田の前に鏡を置いてやりたい気分だ。

「部屋に侵入された形跡も?」

「ないです」

「そうですか……」

と、つぶやくと、花田先輩は丸メガネを外し、レンズを拭き始める。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る