託された恋人
北斗光太郎
章タイトル未設定
第1回
「お前、俺の幼なじみの、
と、言ったのは、
「知ってるよ、彼女がどうかした?」
と、訊き返したのは、
私が所属する、ミステリー研究会の先輩になる。
自称、<引きこもりのプロ>である。
小中高すべて引きこもり不登校があり、その間ミステリーを読みまくった男だ。
私に言わせれば、ただの<さぼり魔>としか思えない。
もっとも、それは当人の前では、絶対に口にしない。
言えば、引きこもりについての持論を、永遠に聞かされるからだ。
それはともかく、 この部室に、水鳥先輩を訪ねてくる学生がいた事に、失礼ながら驚いた。
水鳥先輩にも、友達いたんですね!
しかも、山田不動は、どう見てもミステリーマニアというより、体育会系である。
この二人が、どういう関係なのか少々興味 が湧いてきた。
「百合亜、ストーカーされてるみたいなんだ」
と、山田は、顔を曇らす。
「警察には、行ったのか?」
水鳥先輩が、暗い表情できく。
へー!
この人にも感情って奴があったんだ!
私にとっては、新たな発見である。
山田は、首を振ると、
「こっちはまだ、雲をつかむような話なんだ」
「どういうことだ?」
「百合亜は、ストーカーを直接見たわけではないんだ」
「つまりーーストーカーされてるような気がする、ってことか?」
「そうなんだ」
「ーーちょっといいですか?」
と、私は手を挙げた。
「うちの1年生の峰君」
と、水鳥先輩が紹介してくれる。
私は、
「ーー何だい?」
戸惑いつつも、山田が促してくれた。
私は、気になっていたことを訊いた。
「山田さんと南野さんは、幼なじみの恋人同士ってことですか?」
「幼なじみだが、恋人同士ではない。でも俺は、百合亜を守り続けなければならないんだ。約束だからね」
と、山田が、遠くを見る目つきをした……。
「約束ーーですか?」
私は、目をパチクリさせた。
「いいか、話して?」
と、水鳥先輩が訊くと、山田は軽く肯く。
「この山田は、小4の時、南野さんの母親が亡くなるのを、南野さんと一緒に看取ったんだ」
「その時、俺は頼まれたんだ、彼女の母親に」
と、山田は言うと、「『お願いがあるの、私の代わりに、不動くんが百合亜 のこと守ってね、何があっても守ってね!』って」
山田の目に、薄っすらと光るものが見えたのは、私の勘違いだろうか。
「そう頼まれた山田は、彼女の母親の手をしっかりと握って、『約束します。百合亜のことは、何があっても必ず守るから』ってね」
「百合亜のお母さん、最後に、『百合亜! よかったね』って言ったんだ。百合亜が『うん』と肯くと、飛びっきりの笑顔を見せた。あの笑顔は、今でも忘れない」
「ーーだからさ、こいつにとっては、南野を守ることは使命なんだよ」
「じゃあ、今は南野さん、お父さんと二人で暮してるんですか?」
と、私は山田に訊いた。
「いや、大学生になってから、家を出て一人暮らしをしてるんだ」
「だから、よけい心配なんですね」
「そうなんだ」
山田は、首を振ると、「しかも、相手の姿がまったく見えない」
「ーー直接、誰かを見たわけでもないのに、どうしてストカーされてると思ったんです?」
私は不思議に思い、山田に訊いてみた。
「百合亜が言うには、誰かに後をつけられているような気がしたり」
山田が神妙な面持ちで、「部屋の様子が、出かける前と後で違ってるよに感じたことがあったとか」
「つまり誰かが、百合亜さんの留守中に部屋に侵入した疑いがあるってことですか?」
「そう」
山田は肯いたが、「ただーー百合亜は、気のせいだとは思うって言ってるんだけどね」
「山田さんは、心配でしょうがないと」
「俺なりに、いろいろと動いてはみたんだけど……」
「こいつは、すごいぞ! 雨にも負けず、風にも負けず」
突然、水鳥先輩が語り出した。
「何で、ここで宮沢賢治?」
と、私が疑問を投げかけると、
「まあまあ」
水鳥先輩は、笑いながら、「東にいじめられたと泣きつけば、駆けつけてお前ら絶対に許さんと殴り倒し、西に、彼ができたと微笑めば、よくよく調べて、彼女を絶対泣かすなと釘を刺し」
「あのー、それまだ続きます?」
と、私が水を差す。
「まあ、ようは、亡き彼女の母親との約束を、かたくなまでに守ってるんだよ」
「ーーでも、彼氏の事を調べて、泣かすなって忠告までするってのは、どうなんでしょう」
「相手の男が、二股かけてたり、あまりにもいい加減な奴だったりしたら困るからね」
山田が、当然のように言う。
それによって彼が気を悪くして、南野さんと上手くいかなくなるとか、別れてしまうなんてことは考えないのかしら……。
「--つまりは、山田さんが調べてみたけど、ストーカーは見つけられなかった、と言うわけですね」
と、私は言ってから、「ーー失礼ですけど、山田さんは、彼女とかいるんでしょうか?」
「今はいないけど、もちろん、いた時もあるよ」
「南野さんを守るため、自分は彼女なんか作らないって主義ではないんですね」
「もちろん」
山田さんが力強く肯くのを見て、私は、少しホッとした。
彼女に、恋人がいようが婚約者がいようが、一途に思い続けるという男が、身近にいるからだ。
「ーーあまり長くは続かないんだけどね」
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