第2話 穏やかな祖父保の家
二年振りの祖父母の町、きんせい町は都内よりひんやりとして快適であった。昔は小難しい漢字だったが、ひらがな市名が増えたためか、ここも「きんせい町」となった。
温暖化が進んでいるとしても、アスファルトだらけの都会よりもこの町は緑や畑が多くてヒートアイランド化していない。それだけでもかなり違うものだと実感する。
祖父母宅には冷たい井戸もあったが、まだ水は冷たいのだろうか。子供の頃はその井戸水を頭から被ったり、キュウリやスイカを冷やしていた。
そうぼんやりと考えながらバス停に降りると従兄の陽太が迎えに来ていた。
「陽太兄ちゃん、久しぶり。じいちゃん達は?」
「相変わらず元気。でも朝から畑仕事もしとるし、この昼間に出歩いて熱中症になっては大変だけぇさ、じいちゃんにスイカの井戸への仕込みとばあちゃんには昼ごはんの支度を任せて迎えは俺が行くと分担した」
大輝に合わせて標準語にしてくれるが、ところどころ訛りが出てくる。一応聞き取れるのは周りのそういう気づかいや、年に一度でもここに来ているからだろう。
「兄ちゃんも大変だね。祖父母の体調管理って」
「いや、もう慣れたさ。父さん達を喪った悲しみは時間が解決してくれるし、高齢でもじいちゃん達がおるというのは救われる。お前のとこは親は生きてるけど、色々とひどいもんな。どちらがええとか言えないけどさ」
陽太の両親、つまり大輝の伯父夫婦は数年前に交通事故で亡くなっている。それから陽太と妹の友梨佳は祖父母に育てられ、その思いに応えるため陽太は農業大学に進学し、祖父母の農業を継ぐと決めていた。
もっとも、彼自身も元々会社勤めは合わないと思っていたからなんら問題は無かった。
むしろ、陽太始め、友梨佳や祖父母達は大輝のことを心配していた。
「ところで友梨佳姉ちゃんは?」
「相変わらず土は土でも石の方、つまり地学に夢中。ゼミで化石やなんかの石を採集しとる。アンモナイトや三葉虫ならわかるけど、他はさっぱりわからん。土をいじるなら、旨い野菜を作る方が楽しいけどなあ」
「じゃあ、今日も採集?」
「ああ、今日は趣味の玉髄拾いに行っとる」
「玉髄って何?」
「あいつに聞くと二時間は話すからさ、そっと検索したらメノウやタイガーアイなどのことらしい。種類は多すぎて忘れた。ま、ここは日本だからメノウじゃない?」
「あー、タイガーアイは欲しいな。お金欲しいもん」
「俺もさ、ははは」
他愛もないことを話していると家に付いた。
祖父の誠吾はちょうど井戸にキュウリやラムネを冷やすためにいろいろと仕込んでいたところであった。
「おー、大輝。久しぶりだな。元気だったか?」
「うん、まあ、受験勉強大変だけど」
「夏休みはこっちでゆっくり勉強するがええ。取りたてのスイカも冷やしてあるし、キュウリやラムネもすぐに冷えるでぇ」
「やった! ここのスイカ美味しいんだよな」
「こら、今年は勉強するために来たんだろ。あんまり遊べないぞ」
陽太がたしなめると大輝は悪知恵効かせた反論をした。
「じゃあ、自由研究の題材でこの辺のこと調べる。それならばあちこち行けるよ」
「おいおい、友梨佳みたく石ばっかり探すんじゃないで。もうアイツの部屋は石だらけだ。うちにはもう何だかわからん」
「じいちゃん、その言葉からして友梨佳姉ちゃんの部屋はまた石が増えたんだね」
「足の踏み場はあるけどな。義隆達の部屋もそのうちあいつの石置き場になりそうだ」
「さ、じいちゃん。話はそこらへんにしてスイカの仕込みが終わったら昼ごはんにしよう。ばあちゃんも張り切って昼からごちそうを色々作ろうとするけぇ、慌てて止めたんだ」
「なんでさ、僕は食べるよ?」
「ほっとくと満漢全席並みになってもか?」
「……それは僕でも無理だ」
どっと皆で笑ったあと、三人は家の中へ入った。
居間には祖母のヨシ子と従姉の友梨佳がお昼の配膳をして待っていた。
お膳にはローストンカツにコロッケ、山盛りの煮物、デザートのスイカが沢山並んでいた。確かに陽太が止めなければ他にも煮物や揚げ物があと数品は増えていただろう。その前に揚げ物とスイカは食べ合わせがどうのとか、いや、迷信だったか?と一瞬だけ悩んだ。
「大輝、ようけ作ったけぇうんと食べんさい」
「おー、大輝久しぶり。なんか夏痩せした?」
友梨佳とも仲が良いから、久しぶりの再会でも姉弟のように気さくにズケズケとモノを言う。
「久しぶり、おばあちゃんに友梨姉。んー、受験勉強疲れで痩せたかも」
「そうだらあと思うてもっと料理を作ろうとしたら陽太に止められたんよ。初日から食べ過ぎてお腹壊したら勉強にならにゃあと」
「おばあちゃんも初日から気合い入れると献立に苦労するよ。さ、食べようか。冷めちゃうから」
友梨佳がとりなして昼食になった。久しぶりに普通のご飯だ。母は手抜きはしないがオーガニックとか無農薬野菜や減塩調味料で味付けするし、太っている父のダイエット食を家族に押し付けるから不味くはないが味気無い食事であった。当の本人は『外で』食べているようだから無意味だが。トンカツもいつもヒレカツで揚げない粉を使ってるし、ポテトサラダなんか『糖質と脂質の塊』と毛嫌いしている。
だから給食は大好物だし、帰りの買い食いはしてたのだが、祖母や友梨佳には見透かされたようだ。
「あー、とんかつが旨い」
「ところで、進路はどこの高校か決めたのか?」
「うーん、全寮制に行きたいとは思うけど」
大輝が答えると居間がしんと静まってしまった。ちょっとヘマしたなと思うが遅い。
「あの家から出るために無理に興味無いところ行っても続かないぞ」
誠吾が厳し目の口調で言った。
「俺もさ、きちんと理由持って全寮制の農業高校行ったけど朝は早ぇし、体力第一でしんどかったぞ。ありゃ寮じゃないとスケジュールが厳しい。大学の今もそうだけどさ」
「その前に全寮制は反対されてるよ。例外は国立大附属高校か灘高のような遠いけど一流高校だってさ。それなら下宿探してくれるって」
「あれまあ、相変わらず貴子さんは無茶な理想を息子に押し付けてるね」
「じいちゃん達には悪いけど、父さんがあの体たらくだから僕に期待するのだろ。もういいでしょ。ご飯くらい美味しく食べさせてよ」
大輝は冷めてしまったトンカツを一気に頬張った。
「ごめんごめん、確かに不味くさせちゃったね。お詫びに私が拾ってきた玉髄、つまりカルセドニーだけどあとで見せてあげる。磨いたものは綺麗よ」
友梨佳がとりなすように詫びてきた。
「さっきも陽太兄ちゃんと話したけど、玉髄ってタイガーアイもそうなんだって? それなら詫び石としてもらってもいいよ。金運アップさせたい」
「ちゃっかりしてるなあ。残念ながらそれは持ってないわよ。それにタイガーアイとメノウは違う石よ」
「ハッハッハ、石持って金持ちになれるなら、友梨佳も石を持ってる奴らはみーんな金持ちだらけじゃい」
「確かにそうね。水晶もいくつか採取して持ってるけど、あれも幸運のパワーストーンとか言われてるのだから、今頃宝くじでも当たってるはずだわ」
「ははは、そうだろぉ?」
「私はいいのよ。石を眺めている時点で幸せなんだから」
そこで誠吾達が笑ったのでなんとか場を持ち直した。
大輝は久しぶりにいろいろな意味で美味しいご飯を食べたな、と実感するのであった。
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