第3話 大輝、うんちく責めに遭う

「それでね、この玉髄、さっきも言ったけどカルセドニーね? これはまだ半分しか磨いてないけど、この透明感と模様がいいから期待してるの。あと、これはメノウ。知ってる? 売ってるメノウはみんな染めてあるのよ。だからこの原石はアイボリーというか、ぼんやりした白色なの。

 あと、知ってるかな? この町は昔は菫青きんせいと書いていたけど、アイオライトという宝石の和名が菫青石きんせいせきなの。偶然なのか、昔はアイオライトが取れたのかもね。でも、歴史資料を探ってもなかなか出なくて『諸説あり』でごっちゃごちゃ」

 陽太の言ったとおり、友梨佳の鉱石うんちくは止まらない。このあたりの山には探すとカルセドニーやメノウが落ちているらしく、よく拾いに行ったり、化石を採集している。という話は、ここに来るたびに毎回聞かされている。

 お昼のあと、恒例のことだと覚悟はしていたが大輝は友梨佳の鉱石のうんちく責めにあっていた。

「友梨佳姉ちゃん、僕、化石も見たい」

 少しでも宝石話から逃れるために大輝が話題を切り替えようとした。

「あー、ごめん。今は大学に貸してるから手元にない」

「い、一個も無いの?」

「無くはないけど、なんの植物かわかんない点々とした黒い粒入り化石とか、カニの足だけの化石とか半端なのばかりよ。大輝のような初心者にはつまらないかも」

「カニの足だけって、割るの失敗して木っ端微塵にしたの?」

「違うわよ、誰かが採掘した残り。足だけでもいいやと取ってきた。むしろその誰かが下手くそだったのよ」

「ふーん、確かにこの四本の足はカニだね。そもそも、なんで友梨佳姉ちゃんは地学にハマったの?」

「やっぱり宝石かな。あれも地学だから図鑑買ったら面白くて。あと、宮沢賢治も好きだからその影響かな。彼も石が大好きでいろんな石が出るお話あるよ。『十力の金剛石』では花や草が宝石になってダイヤモンドの雨が降るの」

「なにそれ、取りに行きたい」

「お話の中では居合わせた王子と大臣の息子はあまりにも沢山あるから呆然として、そのまま雨宿りするのよ。最後は普通の雨になって植物も元に戻って何者かの声で『生命を育てる雨こそが十力の金剛石だ』という話だけどね」

「えー、つまんねー」

「賢治は農業の人でもあったからね。『グスコーブドリの伝記』では飢饉や稲作のシーンがあるし」

「あれ、暗い話だから嫌い。でも、『銀河鉄道の夜』では沢山石が出るよね。砂の中に火が灯っていたり、星座盤が黒曜石だったり、あれは幻想的だから好き」

「あれは、持ち帰れるものかしらね」

 友梨佳が別の棚を探し始めようとした時、誠吾の声がした。

「大輝、スイカ食うか? さっきのとは別に朝から冷やしておいたやつを切ったで」

「あっ! スイカ! 食べる! 食べる!」

 大好物のスイカが食べられるのと友梨佳のうんちくから解放されるから、いつもよりはしゃいで返事をしてしまった。

「んもう、中学生には石の魅力より食い気かぁ」

 友梨佳もブツブツいいながら一緒に居間に降りてくる。

 居間に降りるとスイカがそれぞれ置いてあるが、大輝のだけがやたらと大きい。

「うわあ、すげえ! 四分の一スイカだ!」

「これでも俺が止めなければ二分の一になるところだったんやで。同じ孫でも大輝のことになると甘いんだから」

「育ちざかりだから沢山食べさせるのは当たり前じゃ」

 陽太がボヤくと大輝がツッコミを入れる。

「えー? 半分でもイケるよ! とりあえずいただきますっ!」

 スプーンですくって食べると心地よい冷たさと甘みが口の中に広がる。セミが外で鳴き、風鈴の音が時折カランコロンと響く。のどかな田舎の夏といった昼下がりである。

「はー、天国」

「だから、お前は勉強に来たのだろ」

「陽太、大輝は今日着いたばかりだからいいだろ」

「本当にじいちゃんばあちゃんは大輝に甘いなあ。ちょっとは厳しくしなきゃ」

 陽太は呆れるが大輝は冷たいスイカにありつけてニコニコだ。

「そうそう、初日くらいいいじゃん。スイカだってうちは三人家族だから、まるごとなんて買わないからさ。こういう切りたて食べることないし。やっぱりまるごとの切りたては美味しいんだよね。

 それにしてもプリントや日記はともかく、自由研究は何にしよう」

「だから、私のカルセドニーや化石を貸して上げるからそれでレポートを……」

「友梨佳姉ちゃん、それは小学生の時にやった」

「中学なら違う学校だからバレないわよ。それか中学生向けにレベルアップして」

「小学校からの友達にはバレるよ」

「えー、だめかぁ」

 友梨佳は大輝の石の沼ハマらせ作戦失敗にガッカリとした。

「中一の時にも使ったけど、この辺りにはあの妖怪退治の話以外に言い伝えとか不思議なお話はないの? 水不足の時に不思議なお坊さんが雨を降らせたとか」

「うーん、あの話が有名だからねえ、他にもって言われても特にないわねえ」

「わしも聞いたこと無い」

 年配の誠吾とヨシ子が即答するのだから、本当に無いのかもしれない。前の話の使いまわしは石の研究同様に良くないだろう。前は確か、妖怪を倒すためにあるお侍が囮の木偶でくを立てて妖怪がそちらを襲った隙に倒したお話だった。

「いいや、あとで図書館によって郷土史でも探す」

「言い伝えほど古くないけど、不思議な話はあることはあるぞ」

 陽太がちょっと迷いながら切り出した。

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