2

 食事を終え、一人でお風呂に入る。

 お湯の気持ちよさに、思わず深い吐息が漏れた。


 お風呂を開発した人は、人類史上1、2位を争う大天才に違いない。

 この世界の開発者達はとんでもない物をポコポコ生み出しているが、中でもお風呂は別格だ!


「気持ちいぃ……」


 言いながら口元だけ沈めて、ボコボコ泡を立てて遊ぶ。


 一通り遊んで、お湯の温度が体に馴染んだ頃。


(……リディオや皆は、あの後どうなったかな)

 湯船で考えることと言えば、いつも前世のこと。


 考えても仕方ないことだと分かっていても、気にせずに居られない。


 和平協定は契約魔法によるものだから、反故にされることもないし。

 リディオの側には、七天衆――私の側近だった者達も居る。

 万難を排しての転生だったはずだったけど……


 それでも、なぜだろう。

 どうもここ最近、胸がざわつく。


 呼吸のために顔を上げた。


「だからといって、なにができるわけでもないんだけど……」

 

 ……と呟いた、瞬間。

 急にバスルームの中央が光り出した。


「……?」


 最初は気のせいかとも思った。

 けれど段々光は強くなって、その眩しさに思わず目を細める。


「な、なに!?」

 咄嗟に両腕で体を隠した。


「ペローッ!」


 変な声が光の方からした。


 やがて光は収束して、その中心に形を取る。

 それはウサギの耳を小さくしてデフォルメしたような、三頭身の生き物……生き物? 怪しいけど多分、生き物だった。

 小さな翼が生えていて、目がクリクリと大きい。


 キョロキョロと周りを見渡すと、私を見てこちらに飛んできた。

「やっと見つけたペロー!」


 私の目線より少し上で止まると、その生き物は目を輝かせて私を見る。大きさは大体50cmくらい。


「キミが春日野かすがのトアちゃんで間違いないペロ?」

「いや、まあそうだけど……」

「あ、自己紹介がまだだったペロね。ペロの名前はペロだペロ!」

 なんか早口言葉みたい。


「実は今、この世界は非常にマズいことになってるペロ!

 妖魔軍との戦いが秘密裏に行われているんだけど、今人間側がピンチなんだペロ!」


「……えっ?」

 ――今、『妖魔』って言った?


「その妖魔に対抗するには、ボク達精霊と波長の合う者が『ピュアパラ』となって……」


「ちょっと待って!」

「どうしたペロ?」

「この恰好のまま話すのは、ちょっと……」 


 私が言うと、ペロが視線を下げた。お湯越しに私の体を見る。

 すぐに顔を上げて、にっこりと笑った。


「大丈夫ペロ! ペロは女の子だペロ!」

「……この世界は女同士でもセクハラ成立するけど」


「でもおかしいペロ。精霊データベースによると、春日野トアちゃんは今年13歳になったはずペロ。それにしては何もかも小さいペロ。特に胸なんペッ!?」


 プチッ#

 反射的に、そのウサギのバケモノをバスタブの縁に叩き付けていた。


「空飛ぶウサギの存在を受け入れてあげるから、貴様も希少価値という言葉を受け入れなさい」



    †



 お風呂から出てパジャマに着替えた。


 ペロの姿は普通の人には見えないらしい。ので、家族には何事もなかったかのように装いつつ、ペロを自室に連れて行った。


「それで? 妖魔がどうとか、ってのはなんなの? デバガメウサギ」

 椅子に座って、さっきの続きを尋ねた。


「たまたま転移先があそこだっただけなんだペロ……デバガメ目的じゃないんだペロ……」

 未だに半分潰れたデバガメウサギは、弱々しく言い訳しながら私の目の前を浮いている。


 ――私の居た魔界での『妖魔』は、文字通りわかい女の姿をした魔族の総称だ。

 魔族は性別や見た目年齢の違いがそのまま種族の違いになる。


 私も前世は妖魔だ。私が王になった時、歴史上初めて妖魔が王になった、と魔界で話題になった。

 

「……15年くらい前から、妖魔という悪い奴らがこの世界の侵略を狙ってるんだペロ。一般の人には知られていない戦いが、秘密裏に続いているんだペロ」

 ペロはポコッと潰れた体を戻し、話し始めた。


 それからのペロの話をかいつまむと……



・魔界と人間界の間に『境世界きょうせかい』と呼ばれる世界がある

・妖魔が魔界から境世界を通って、人間界を侵略しようとしてきている

・今は境世界に押しとどめられているが、それも限界が近い

・妖魔には物理的な攻撃が通じず、魔法しか通じない

・人間の体は魔法が使えない

・そこで天界は人間界を救うため、精霊を送り込んだ

・精霊は天界の住人

・精霊は天使という存在の指揮下にあり、天使は神の側に仕えている

 ※要するに、天使=(中間)管理者

・精霊に戦闘力はないが、精霊が力を分け与えることで人間は魔力を扱えるようになる

・力に適応できる人間は、10歳から18歳の女性しか確認できていない

(12歳から14歳くらいのタイミングで見つかることが多い)

・適応者はピュアパラディン、略して『ピュアパラ』と呼ばれる戦士に変身して戦う

・私はその適応者である



「これで間違いない?」

 以上の要点を書いたノートをペロに見せながら尋ねた。


「……うん。間違ってないペロ! 間違ってないペロが……」

「なに?」

「箇条書きで羅列してくる子は初めてだったから、ちょっと驚いてるペロ」

「明文化して共有しないと。口頭と記憶だけで情報をやりとりすると齟齬が生じるでしょ」

「……キミ本当に13歳ペロ?」


 ペロ……じゃなかったデバガメウサギに見せていたノートを翻し、再び自分で見る。


『人間の体は魔法が使えない』という点については、私も確認済みだ。

 私の魂は妖魔のもので、魔力もこの13年で充分に回復している。にもかかわらず、この体では一切の魔法が使えない。


『妖魔には物理的な攻撃が通じず、魔法しか通じない』という点も、心当たりがある。

 魔王だった頃、傘下の妖魔全員に私が物理耐性魔法を付与した。妖魔は物理耐性が低いため、その対策に開発した魔法だ。


 私が妖王の座を譲る際、リディオに伝授した魔法の一つでもある。


(この覗き毛玉の言う『妖魔』は、ところどころに前世のそれと一致している……)


「ねえ、変態浮遊物」

「……ペロだペロ。というか物に格下げ……」

「妖魔ってどんな見た目してるの?」

「見た目? 獣みたいな奴もいれば、巨大な虫みたいな奴もいるペロ。色々ペロ」

「色々……?」

「ただ幹部クラスと言われる奴らは、人間型が多いらしいペロ」

「それは男? 女?」

「精霊データベースによると、女性っぽいが性別は不詳、と記録があるペロ。なにせ、遭遇した数自体が少ないペロ」

「捕虜にした幹部クラスは居ない、ってこと?」

「……これまで幹部クラスに勝った記録はないペロ。だから、徐々に押されてるんだペロ」

「そう……」


 妖魔は魔法に優れるけど、腕力――物理的な力に劣る種族だ。

 そこで物理的な力を補うために発明されたのが、召喚魔法である。


 こちらの世界では、召喚主も召喚獣も一括りにして『妖魔』と呼んでいるなら……


「……いや、まだ断定するのは早いか……」


「なんか言ったペロ?」

「別に、なんでもない」

 机の上からぬいぐるみを取って、椅子にもたれながらかかえた。


「それで? 私にそのピュアパラになってほしい、ってこと?」

「そう言うと身も蓋もないけど……まあつまりそういうことペロ! 人類の危機に立ち向かって欲しいペロ!」

「……条件がある」

「条件? なにペロ?」

「敵の妖魔を捕獲できても、非人道的な拷問はしないで」

「ご、拷問……?」

「拷問して情報を吐かせるのは基本でしょう?」

「ピュアパラは光の戦士ペロ! 拷問とかしないペロ!」

「そう。ならいいんだけど」

「……この子、なんかおかしいペロ……」


 脚で反動を付けて立ち上がる。横目で窃視せっし生物を見下ろす。

「いいよ。ピュアパラとやらになってあげる」


 妖魔の正体が何にせよ、私はこの世界を気に入っている。

 この世界を脅かそうという輩がいるのなら、手を貸すことにためいはない。

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