女魔王、転生先で魔法少女になる
ツツミ キョウ
序章 はじまりはじまり
1
――魔王城、謁見の間――
「いよいよ行かれるのですね、トゥア様」
「もう私の方が立場は下なんだから。様付けはやめなさい」
「……二人きりの時くらい、そう呼ばせてください」
その語尾は震えて。
彼女は涙を指の背で拭う。
「結局、魔王になっても治らなかったね、泣き虫リディオ」
「トゥア様とお別れなんて、泣かないわけないです……」
自分で言ってあらためて自覚したようで、リディオはまたポロポロと泣き始めた。
そっと彼女を抱き寄せる。
ひとしきり、リディオを撫でてやった。
「あなたを拾ってから、色々あったね」
「……はい。トゥア様に拾われてから、私の人生が始まったんです」
それから、しばらくの間思い出話。
発生したばかりのリディオを拾った時のこと。
先代の魔王と、共に戦った記憶。
私も気づけなかった政策を生み出し、説得や渉外に奮闘してくれた、参謀としての活躍。
(……私なんかにはもったいないほど優秀だよ、貴女は)
人間達から私の死を要求された時は、落ち着かせるのが大変だった。
それも私が受け入れると決意してからは、私の意に則し、尽くしてくれた。
『戦争を終わらせて、平和な世を作る』
私が説き続けた、その理想。
それを叶えるため、自分の心を殺してくれた。
……三十分ほど話しただろうか。
毎時丁度を知らせる鐘の音がなる。
その頃には、リディオの涙も大分引いていた。
「そろそろ時間ね」
「……はい。どうか、お気を付けて」
リディオから体を離す。
そして一人、謁見の間の中央、巨大な魔法陣の中心に向かって歩き出した。
魔法陣の外で私を見送るリディオは、懲りずにまた両目に涙を湛え始める。
魔法陣に魔力を込める。
ブゥン、と音を立てて、魔法陣が起動し始めた。
「トゥア様の新しい生が、どうか幸せなものでありますように……」
リディオは泣きながら、それでもそんな
「リディオ。私の一番弟子として、情けない治世は許さないから」
「はい。トゥア様の築いたこの世界、必ずや、よりよいものにしていくと誓います」
「誰より優しい貴女なら、私が成せなかった平和な世界を築けるでしょう。胸を張って行きなさい」
「ご期待に添えるよう頑張ります。……誰より優しく、誰より多くを救ったトゥア様の名にかけて」
「私はやりたいように生きてきただけ。名なんて残す必要ないよ」
「嫌です。トゥア様の名は未来永劫引き継ぐ法律を作ります」
「……今の私に命令権が無いのが悔やまれるなぁ」
「もしあっても、そんな命令聞きません」
苦笑するしかない私と、涙目で笑うリディオだった。
魔法陣から光の柱が立ち上る。
転送魔法の準備が完了した。
「じゃあね」
「行ってらっしゃいませ。……いつか、再びのお目通りを願って」
リディオは――魔王という最高権力者になった彼女は――きっと生涯最後になるだろう最敬礼で、私を見送ってくれた。
†
私――トゥアイセン・オーフニルは、ついこの前まで魔王だった。
永く続いていた魔族と人間族の戦争。
それを止めるため先代魔王を倒し、魔王になり。
それからも、さらに長い年月を経て。
ついに和平の場を設けることに成功したのが、約一ヶ月前。
和平協定を締結する条件として人間族が求めたのが、『魔王の死』だった。
先代から魔王の座を奪って以降、戦争を終わらせるために動いてきたけれど……
人間からしたら知ったことじゃない。
この戦争は、大昔に魔族が人間族を侵略したことが発端。彼らの言い分はよく分かる。
だから私は、その条件を呑んだ。
ただ、要求されたのはあくまで死体だけ。
魂は言及されなかった。人間は魂を関知する術を持っていない。
そこで急遽、転生の魔術を開発。魂だけ逃げることにしたのだった。
――いやだって。生まれる前の責任を馬鹿正直に取るのも、癪だったんだもん。
そんなこんなで、転生魔術の開発自体は成功。
が、転生先を指定する術式ができあがる前に、タイムリミットがやってきてしまう。
リディオをはじめ、私の再誕を願っていた者達はひどく残念がっていた。
……けれど、ものは考えよう。
どの世界、どの時代に転生するか分からないなんて、それはそれでワクワクするじゃない?
ということで、この日。人間達が提示した明け渡し期日。
私はこの世界から、魂だけ脱出を図ったのであった。
†
その後、私は魔族が存在しない地球という世界に新たに生を受けた。
この世界の住人は、私が居た世界の人間族とよく似ている。種族名も『人間』だ。
魔族のように自然発生せず、男と女が
だが建造物はそんじょそこらの魔獣より大きいし、私の城以上の建物が呆れるほど大量に林立している。
移動手段は鉄の
掌サイズの四角い端末をポチポチするだけで映像通信すら簡単に出来てしまうという、もはや乾いた笑いしか出ないような驚くべき世界だった。
教育制度も整っているし、娯楽の類いも枚挙に暇がない。
けれど、なにより、争いのない世界というのが素敵すぎる!
……正確には、世界の各地で争いはある。けれど少なくとも、私の生まれた国は、平和だった。
そんな世界で、人間の男女の番い――『両親』と呼称するらしい――から生まれて、十三年。
私は『
前世と似たこの名前を、私はとても気に入っている。
郷に入りては郷に従え。
生まれてすぐに私は思考も会話もできたけど、あえて使わず、人間の子供の真似をして生きてきた。
両親や妹も十三年間なんの疑念も感じていないようで、我ながら演技の才能まで有していたとは困ったものである。ふっ。
†
「トア、絵画コンクールと中学生文学賞と……」
食事の席で、父が思い出すように切り出した。
「将棋と薙刀」
妹がぶっきらぼうに父を補足する。
「そうそう。その辺の賞状とかトロフィーも届くし、そろそろ自分の部屋に飾らないか?」
「私は要らないから、飾りたかったらいつものみたいにしておいてー」
……と答えたものの、私の思い出の品置き場はとっくにいっぱいだ。
またどれか押し入れにしまうか、両親の部屋にでも移すのだろう。
「トアちゃん、また海外の大学から飛び級入学の案内が来てたわよ」
続いて言ってきたのは母。
「なんでも、今回は返済不要の奨学金も用意してくれるって書いてあったけど……」
「行く気ないってば。もう何度も言ってるじゃん」
そう答えて、母のカレーを口にする。
美味しい! なんども食べてるのに、全然飽きないのが不思議!
前世の食生活を考えたら、打ち震えるほどだ……。
これが日常の食事なんだから、あらためてとんでもない世界である。
「だってトアちゃん、天才だから。普通の中学校の勉強、楽しくないでしょう? 私たちに遠慮しないでいいからね?」
母がそう続けた。
「勉強だけで言えばそうかもだけど。普通の13歳はまだ両親と過ごす時期だし。大学は18歳になれば行けるんだから、今は今として楽しむの」
……というのは、半分建前。
私のような異世界からの転生者、この世界の管理者に見つかったら粛正されるかもしれない。
だから、なるべく目立ちたくないだけだ。
異世界人の私がこの世界に影響を及ぼすのも忍びないし。
「トアちゃん……」
母は感動していたようだった。
どうやら『まだ両親の側を離れたくない』という意味に捉えたらしい。
そして、それはあながち間違いでも無い。
穏やかに暮らせるこの世界と今の生活が、私は大好きだ。
と。このように、どこからどう見ても、私はこの世界の普通の子供として平凡に、違和感なく馴染んでいるのであった。
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