第7話 Stand by Me

 家に帰って、早速フェアリー・ケージのようなビオトーブ製作を始めた。


 これが実際にやってみると中々に難しい。

水辺ができるように砂利に凸凹を作って、凹みに水を張る。

そこまでは良い。


 水辺にシバアオイを植えようとするのだが、根っこが地面を掴んでくれなくてしなびてしまう。

当然、インターネットで調べてみても対処が記載されているわけもなく。

とりあえずは一時的なものかもと考え、あの店がそうだったように、直射日光が当たらないように窓の近くに水槽を設置して数日様子を見る事にした。


 果たして翌日にはシバアオイは茎を天に向け、葉を陽光に向けるように元気を取り戻したのだった。


 元気になったシバアオイを見ていると、植物だって生き物なんだなと強く実感する。

肉食は生き物を殺害してかわいそうだから菜食主義という人がいるが、こうして植物が元気を取り戻す姿を目にしてしまうと滑稽でしかない。

生き物の命を奪っている事には何も変わりは無いのに、何で植物はよくて動物はダメなのか。

こうして植物を慈しんでみると、菜食主義者とやらは思考が浅いといわざるを得ない。



 そんな事を考えていると、ふとあのゲーム、フェアリー・ケージのオープニングを思い出した。


 他の星への移住が当たり前になった時代に、テラフォーミングしても全く植物の育たない星が見つかった。

このままでは食料輸送が少しでも途切れれば餓死してしまう事になる。

だが何をやっても駄目、もはや手詰まり。

そんな時にふと一人の宇宙開拓者が思い出したのが、大昔に祖母に教えてもらった妖精の飼育だった。

妖精と植物は相互関係にあり、妖精が生きやすい環境が整えば植物にも良い影響がある。

だから妖精をケージで育て、そこで生まれた精霊力をケージの外に広げる事で植物にも活気が出て徐々に緑豊かな星に変えていく事ができる。

確かそんな感じの内容であった。


 小さなケージの中に自然を作り妖精を飼育して失われている精霊力を少しづつ増やしていく。

それがフェアリー・ケージの目的というか役割であった。



 『精霊』『呼び出す』

もしかしたら解読したあの文字はケージ内に精霊力を呼び出す魔法の言葉ではないのだろうか?


 少し前ならたかがゲームの話だと馬鹿馬鹿しくも感じるような話だと思う。

あまりにも突飛な話、荒唐無稽、そんな風に笑い飛ばしていただろう。

だけどシバアオイが実際に存在した今、何となく妖精を誕生させられるんじゃないかと思えてしまう。


 もしかしたら、あの文字を書いて何かしら水槽に働きかけたら何か起こるかも!

とはいえ文字が解読できたという状況にすぎず、読み方すらもわからない。



 もしかしたらゲーム内に何かしらヒントがあるかも。

そう考えて久々にゲームを起動する事になった。


 一体何時間このゲームをプレーしたかわからないが、今更ながらに気付いた事があった。

妖精が誕生する際、何も無い空間に光の輪ができる。

そんなものに注目した事が無かったので気付かなかったが、よく見ると例の文字が輪になって回転し、そこから赤ちゃん妖精が誕生している事がわかったのだった。


 であればと、例の文字を紙に輪になるように記載し、水槽の下に文字が上になるように敷いてみた。

もし予想が正しければ何かしら起きるはず。


 まあ、案の定というかなんというか。

そんなメルヘンチックな事など起こるはずもなく。

毎朝期待だけはして水槽を覗くのだが、そこには作った水辺にシバアオイが生えているだけ。

どこか違う世界に旅立っていた心を厳しい現実の世界に引き戻されるだけであった。




 季節は移り、木々が葉という覆いを取り払い、舞い降りる白き氷の精に無防備にもその身を晒す季節となった。


 相変わらず、毎朝薄暗い時間に起きて電車に乗り、上司に小言を言われ、同僚に邪険にされ、一日仕事をして家に帰るという生活を続けている。

寒くなったせいか朝起きるのが非常に辛い。

そのせいで朝食を取らずに出社する日が増えている。



”お前の場合、評価するような業績なんてハナから無いんだから、業績表には余計な事は書かなくて良いよ。後でややこしくなるだけだから”



 あれからも近所の散策は継続している。

散策する場所もかなり広がっており、電車に乗って隣の駅まで足を伸ばしている。

そこで大きなホームセンターを発見した。


 ホームセンターを見つけてからは散策の頻度が落ち、もっぱらホームセンターに足を運ぶようになった。

何かを買うというわけではない。

ただ見てまわるだけ。


 ホームセンターというのは面白いもので、思った以上に頻繁に品揃えが変わる。

季節ものだけでなく、意外と新商品が多いのだ。


 最近、何となくなのだが感じの良い水槽が欲しいと思うようになっている。

それまで何かを買いたいという欲求も湧かなかったのだが、もし妖精が生まれた時に素朴な水槽よりも少しでもデザインの良い水槽で育ててあげたいと思うようになったのだ。



 未だに僕の『フェアリー・ケージ』は全く何の変化もない。

そう、不思議な事に何の変化もないのだ。

普通ならカビが生えたり、水槽に水垢が付いたりしそうなものである。

シバアオイだって枯れたり茎が伸びたりしてもおかしくはない。


 確かに埃は付く。

だがシバアオイは元気に青々とし続けているだけで萎れる事が無い。

さらに河原に行って拾った石に立派な苔がむした。

何となくだが、最近この水槽そのものが生きているという印象を受けてる。




 そういえば、あれからあの熱帯魚屋さんに足を運んでいなかった事に今さらながらに気が付いた。

久々に行ってみよう。

行ってあのシバアオイの話をしてみよう。


 そう思って駅前商店街を歩いた。

この商店街を抜け、大通りを一本抜けた先、そこに熱帯魚屋はあったはず。



『店主の都合により閉店する事になりました。長きの御愛顧ありがとうございました』



 張り紙一枚を残して店は閉店していた。

シャッターが下り、店舗に人が住んでいる気配も感じない。

いつから貼ってあるのか、張り紙は四隅の一部が剥がれて破れている。


 もっと色々な事が聞きたかったのに。

例えば他の植物はどこで手に入るのかとか。

今さらもう遅いのだが。



 何とも言えない寂寥感を抱いて商店街に戻って来た。


 よく見ると商店街もシャッターの下りた店が異常に多い。

文房具屋、布団屋、畳屋、豆腐屋、時計屋、本屋。

どの店もさび付いた看板を残してシャッターが下りている。

一体いつから下りているのかもわからない。



「熱帯魚屋さん、閉めちゃったんですね」


 いつものパン屋さんで、思い切ってお店の人に声をかけてみた。

すると店のおじさんは少し驚いた顔をした。

きっと普段何も喋らずにサンドイッチを買うだけの人が喋ったのでびっくりしたのだろう。


「もう閉めたのは随分前だよ。昔はさ、七夕の季節や秋祭りの時期になると、商店街でも出店を出してたんだよ。あそこも金魚すくいを毎年出しててね。だけどほら、子供が減っちゃったから」


 店の中に『スタンド・バイ・ミー』が流れた。

店員の話と相まって、ベン・E・キングの声がとてつもなく寂しさをかきてててくる。


 子供が減ったから。

だから楽しいイベントが開かれなくなった。

商店街のお祭りを楽しみにしてくれる人がいなくなったのだ。


 あの頃は、魚屋さんがソーセージでフレンチドッグを作っていた。

お肉屋さんがからあげを揚げていた。

駄菓子屋さんがスーパーボールすくいをやっていた。

玩具屋さんが綿菓子を作っていた。

商店街には子供たちの楽しそうな声が響いていた。


 だがどの店もシャッターを下ろしてもう何年にもなる。

夕方になっても皆仕事で忙しく、買い物に訪れる人も少ない。



 僕たちは何となくいつでも同じ場所に同じ店があると思っている。

生活の中で毎日接する人たちは、いつでもそこにいると思っている。

だけど本当はそうじゃない。

お店を営んでいる人質にだって生活がある。

だから食べていけなくなったら店を閉めるしかないのだ。

その当たり前の事に今さらながらに気付かされる。



「それが時代の流れなんだから仕方無いよね」


 店のおじさんの微笑みがとても切なかった。

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