2024年 11月 🌳三杉令さん

「あの木には近づかない方がいい。近づくと――」


小さい頃から、私の住むこの地域には言い伝えがあった。

この地域には、大きい大きい一本の杉――『よるすぎ』がそびえ立っている。

夜になってあの気に近づいた者は――。

そんなふうに言い聞かされていたんだ。

みんな怖がってあの木を避けた。

あの丘のことをわざわざ話題に出す者だなんて一人としていなかった。

――今思ってみれば、なんでそんなことをしたのかわからないけれど。

まぁあの木が生えている場所は小高い丘で、寄り道する者だなんていなかったし。

私も言い伝えを信じ、あの丘へは近寄らないようにしていた。


――そして、10年と少しの歳月が経ち、私は成人した。

今の成人は18歳。

時代も変わるものだ。

そして、高校を卒業した私は東京に働きに出ることにしたのだ。

大学に行かず、就職する。

この判断は周りから反対を受けることも多かった。


「大学を出てるかどうかによって今後のお前の人生が変わるんだぞ」


先生にずっと言われつづけた。


「お金のことは心配しなくていいんだよ?」


お母さんにも言われた。

随分反対された。

一時期は、諦めて大学に行こうかと思った。

でも――私はお母さんの助けになりたいんだ。

私の家は母子家庭。

私をお母さんが女手1つで育ててくれた。

なのに、もうこれ以上迷惑かける訳にはいかない。

だから、私は自立するんだ。

そこで、ふと考えたことがあった。

――あの木、見に行ってみようかな。

小さい頃は怖くて怖くて仕方がなかったあの木だけれど、今となっては別に怖くもない。

ここで逃せばもう行く機会だなんてないだろうし、行ってみるか。

外は暗くなっていたけど、スマホのライトで照らせばなんてこともない。

なんとかなるよね。

そう自分の心を奮い起こして家を出た。



「――ついた……!」


中学生時代が私の最盛期だったのだろうか。

ここまで来るのにこんなに疲れるとは……。

「早いわよ」って幼少期の私に振り回されてたお母さんの気持ちがわかる気がした。


「これが…『夜の杉』」


スマホのライトで照らした先には大きな大きな一本杉がそびえ立っていた。

光に照らされた杉はどこか妖しげな雰囲気を放っている。

少し綺麗だなぁなんて感じた、その時だった。


『やっと会えた』


頭の中に、直接響くような声。

私と同じぐらいの少女だろうか。

どこか心地よい。

まるで、ピアノの単音のようだ。

でも――誰?


「貴方は、誰なの?」

『そんなの、どうだっていいじゃないか』


そう言われると、何故かもういい気がしてきた。

考えることを止めて、前の声に集中する。


「ねぇ、姿を見せてよ」


そう言うと、君は一呼吸した。


『とっても驚くと思う。それでも、いい?』

「……いいよ」


そんなの知らない。

別に、そんなに凄いものでもないだろうし。

声が聞こえてきた方向――『夜の杉』の方を、じっと見つめる。


『こっち、おいで?』


ほわぁっと頭の中に響く不思議な声。

もう、この時から貴女のことを人だとは思っていなかった。

それは、正解だった。

いや、違うか。

姿人だった。

しかも、一番驚く人の姿をして――。



🌳三杉令さん

https://kakuyomu.jp/users/misugi2023


お誕生日(月かな?)、おめでとうございます!

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