第29話

「俺を見て、なんとも思わないの?」


 今、『俺』って言った?

 しかも、玄関のライトが作る左京さんのシルエットに、どこか違和感があって……。


「左京さん?」


 彼の頭には、短い角のようなものが二本生えていた。

 額の生え際に突き出した、肌よりも浅黒い円錐状のなにか。人間にはないはずの、動物のような角。

 もしかしたらカチューシャかもしれないと思って、そっとさわってみる。

 硬い。根もとがほんのりとあたたかい。頭皮に近いからかしら。

 左京さんがビクッと震えた。


「くっ。だめだ、さわるな」

「ごめんなさい! わっ!?」


 次の瞬間、抱きしめられた。体をこすり付けるみたいに強く、激しく。


「我慢できなくなる」


 どこか切迫した声に思わず見上げると、左京さんの少し開いた口から鋭い牙がのぞいていた。


「牙……?」


 犬歯が伸びて尖ったような牙。悪魔みたいな牙だった。

 悪魔……いや、違う。それよりも、イラストや漫画で見たことのある架空の生き物、鬼に似ている。

 左京さんは苦しそうにため息をついた。


「夜は危険なんだ。本能が抑えられない」

「本能?」

「ああ。ばけものとしての本能が」

「…………」

「おまえを喰いたい」


 首筋に噛み付かれた。

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