第28話

「……ふぅ」


 玄関ホールまでは成功。だれにも気づかれていない。

 カフェの扉の向こうから、昼間よりテンポのいい音楽が漏れている。にぎやかなお客さんたちの気配もする。

 この扉から入ったらさすがにバレバレだから、外からのぞき見しようと玄関のドアを開けた――そのとき。


「どこへ行こうとしているんだ?」

「は、は、はい!」


 背後から低い声がした。

 振り返ると、カフェから左京さんの顔がのぞいていた。


「あの、その」


 わたしがうろたえている間に、彼は長い歩幅で一気に距離を詰めてくる。

 いつもと違う雰囲気の左京さんに戸惑ってうしろに下がると、玄関扉が背に当たった。もう逃げられない。


「ごめんなさい! つい夜のカフェが気になってしまって」


 左京さんがわたしの顔の左右にドンッと手を付く。わたしは長い腕の中に囚われてしまった。

 間近で見る彼の目が真剣で怖い。いつも優しく笑っている左京さんが顔をしかめている。


「鬼蝶になにか言われた?」

「いえ、その、それはですね」

「あいつ……!」


 乱暴な言葉遣いをする左京さんは初めてだ。

 斜め上を見て悪態をついていた彼が、覆いかぶさるように顔を近づけてくる。


「逃げたくなってきた?」

「な、なんでです?」

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