第12話

「そんなにつらいのなら、うちの店においで」

「うちの店?」


 わけのわからない誘いに顔を上げる。

 そこにあったのは、包み込むような優しい目。両親や秋野呉服店の人たちの冷たい目とは違う。わたしの生い立ちを知って遠巻きにしていたクラスメートや学校の先生とも別の、あたたかいまなざし。

 めちゃくちゃ美形だけれど、すごく変わった人だ。会話が成り立っていないし、こちらの事情を見透かされている様子もある。

 だけどそのときは、この人に見つめられていたいと思ってしまった。


「小春」


 低い声が甘く胸に染み込む。

 名前もわからないその人は、わたしの頬からあごへと指を滑らせた。


「ただしすべてを捨てるつもりで来るのですよ? もう逃がしてあげませんからね」


 彼の顔が近づいてくる。


「なにをするの?」


 戸惑っている間に、キスされていた。あたたかい唇がわたしの唇を軽くついばむ。

 広い胸にぐいっと抱き寄せられると、さっきのスパイスの香りがした。

 覚えているのはそこまでで――その瞬間、わたしの意識はふっと途切れたのだった。

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