第11話

「これは……カレー?」


 ふと思いついたメニューに笑ってしまった。こんなに絶望しているのに、ひどく日常的な料理を連想した自分がおかしくて。

 たくさんの車が通る長い橋、人けのない歩道に、カレーライスが存在しているわけがない。


「――笑顔のほうがかわいいですよ」


 唐突に、背後から声がした。穏やかな低い声は男のものだ。

 飛び上がりそうになるほど驚いた。これまで周囲には人の気配がまったくなかったから。


「は?」


 振り向くと、そこには若い男性がいた。


「僕のこと、覚えていますか?」

「え、だ、だれ?」


 背がすらりと高くて、見たことがないほどかっこいい男の人。綺麗な線を描く頬には穏やかな微笑みが浮かんでいる。


「僕はあなたを知っています。秋野小春、十八歳。人の世では成人ということになるそうですね」

「人の世? なんでわたしの名前を……」

「涙のあとが残っている」


 問いかけには答えず、その人は骨ばった指でわたしの頬をなでた。子供みたいに泣いていたのを見られてしまったみたい。

 恥ずかしくなって目を伏せる。でも、見も知らない男性なのになぜか安心感があって、不思議と警戒心はわかなかった。

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