2.ファーストキスはスパイシー

第6話

この地方では卒業式に桜は咲かない。

 例年よりも寒さの厳しかった今年の三月、庭木は雪で白く彩られていた。


「ようやくこの日が来ましたね」


 高校の卒業式から帰宅したわたしを居間に呼び出したのは、着物姿で正座した母。

 落ち着いた紬の着物は、呉服屋の女主人である母の普段着だ。冷たい目がいつも以上に吊り上がっている。

 わたしはとりあえずコートだけ脱いで、セーラー服のまま母と向き合って座った。


「ありがとうございます、お母さま」


 卒業証書の収められた丸筒は、迷った末に座布団の横に置く。母に渡しても喜ばれないだろうと思ったから。

 仕事中の父はもちろんだけど、母も結局卒業式に来なかった。

 まあ、それは予想どおりだったんだけど。高校だけじゃなくて、小中学校でも学校行事への参加は必要最低限だったし。


「小春さん」

「はい」


 母は細い眉をひそめて、わたしをにらんだ。


「わたくしは十分義務を果たしました。血のつながらない娘の面倒を成人まで見たのですからね。今度はあなたが秋野あきの家の役に立つ番です。さあ、今すぐ出ていってちょうだい」

「……え?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る