第2話 アウレリオ視点 魔王に堕ちる
「ふんふ~ん」
いかん、いかん、わずスキップしてしまう。
まあ仕方ない、今日という日は心が浮き上がってしまうのだもの……。
「ふふ、この日をどれだけ待ち望んだことか……」
アウレリオはいつも以上に入念に服装のチェックをしていた。
「久しぶりだね、ローガン……う~ん、違うな」
鏡に映る自分と目を合わせて表情を作る。
狂犬ローガン──
もっとも、アウレリオにとって彼は”狂犬”というより”孤高”といった印象だった。
「久しぶりだね、ローガン……うん!この顔だね」
やっと納得のいく表情を見いだせたのか、満足げに頷き、
「今日は気合の入れる日だし…これにしよう」
複数のかんざしの中から一つを選ぶ。
それは、赤い結晶花の付いたかんざしで彼女のお気に入りだ。
肩まである紅蓮の髪のサイドに差し鏡でチェックする。
「ふふ、今日からは……ふふふ」
思わずこみ上げる笑みを零していると、鏡に映る自分を見つめ、
「いかん、いかん。どうも気が早ってしまうな……」
軽く頬を、ペシッペシッ、と叩き気合を入れた。
◇ ◇ ◇
「今日も美しいですわ!アウレリオ様!」
部屋の前で待っていたのは、ミーシア・イシェル・アルラウネ。
若干12歳にして万艱院に招待された天才少女。
まだ成長期に突入できず低身長に悩み、
その克服のため厚底の高い靴を履いている。
「それにそのお召し物のかんざし……」
「今日は特別な日だものね。いつもの蒼い結晶花のかんざしではなく、気合を入れる日に付ける紅い結晶花を選んだのね、やっぱり似合ってるわ」
ミーシアと同じく待っていたアリエナ・エルム・フクト。聖騎士アリエナといえば名の通るいずれ十傑に選ばれることを期待される女性である。
「そうかな……そう褒められるのも悪くないな」
「あ、あたしもそう思います、アウレリオさまー!」
ミーシアは必死で手を挙げてアピールする。
尊敬するアウレリオを賛美し熱いまなざしを向けている。
「ありがとう、ミーシア」
「はい!」
女史院寮を抜け、退魔師ラドクリフ・ウライデ・クロシネと合流した。
「今日も完璧だね、アウレリオ」
「キミもね……ラドクリフ」
「もー二人だけも空間を作らないで下さいよ!」
「そうだ、私たちだっているんだぞ」
頭を掻いて、いやーすまない、とラドクリフは笑う。
「ハハ……そんなつもりはないよ」
「ああ、そうだとも」
アウレリオは微笑で同意し、
「さて、そろそろ向かおうか」
その言葉に一同は洗礼の儀式を行う”黄金の間”に向けて歩き出した。
◇ ◇ ◇
アウレリオの足が止まる。
「ふぅー……久しぶりだね、ローガン」
「あ?……よう」
その鋭い目つきを見つめる。
ああ、そんな目で見つめられたら胸が張り裂けそうだ。
「なに、みてんだよ」
「ん?……ふふ、なんでもないさ」
「……そうかい」
「げッ!ローガン!」
ミーシヤたちが遅れてやってきた。
もう、二人だけの時間は終わりか……でも今夜からはいつでも会えるから。
その後の展開は彼女の想定の範囲外だった。
◇ ◇ ◇
「どういうことだ……?」
「ですからようやくあの厄介もののローガン様が自ら国を出ると言ったのですよ!」
ローガンはあれでも重要な存在である。
だからこそ無下にできずに都内部に住まわせていたが、
彼自身の意向で去ることを進言したのだ。
彼を目障りに思う者は多くすぐにそれは承諾された。
アウレリオの目的は勇者になる事。
でもそれは道義的な目標があってすることじゃない。
勇者になるとその旅の共を選べる権利が与えられる。
選ばれた者はその名誉から断ることはよほどのことがなければ無い。
パーティーは私とローガンふたりで十分……ほかは邪魔なだけだ。
そう思っていた彼女は3人の連れを切り捨てる気でいた。
だがその思惑は想定道理にいかなかった。
もう一度パーティー加入へ誘うためローガンの住居まで訪れた。
そんな彼女に告げられたのは国を出るという家付きメイドの言葉であった。
彼女は一目散に駆けだした。
良かった、まだ近くにいた……!
アウレリオはすぐに彼の居場所を見つける。
「どこに行く気だ、ローガン」
「どこって……さあな、当てはねぇ」
「だったらどうして……」
「ここじゃ、俺の目的は達成できない。ならいる意味ないだろ?」
「ダメだ」
「そうかい」
傍目だけを向けていたがすぐに背を向け歩み出すローガンに、
アウレリオは”事象の発気”を放ったのだ。
「ここでやる気か?」
「……キミが振り向いてくれるなら」
その言葉に振り返るローガン、両者から盛大な”発気”が溢れる。
「まあ、いい機会だな。俺も…お前との決着がついていないことは気掛かりだったんでな」
「私の”事象”はキミも知っているだろう……」
「いいね、それでこそだ」
事象とは──この世界では強力な力を差す言葉である。また、様々な事象が存在するが、その力に目覚め操れるのは一握りの存在である。
突然の剣と剣の衝突で生まれた鍔迫合いはローガンが制する。
「このまま剣でも斬り合いだけなら俺が勝っちまうぜ」
「それは困った……こんな(私の事を意識してくれる)機会は滅多にないんだ。とことん付き合ってもらうよ」
「はッ!わりぃがさっさと済ませたんだ…本気で行くぜ」
ローガンの事象能力は”淵渡り”、
自分の存在を対象の認識から外すことができる。
消えゆく彼は言う。
「アウレリオ、お前の能力は範囲系だから、ここじゃ、使いどころに困んだろ、ここらで降参してくれてもいいぜ」
ここは黄金の国サーニ。
その都であるここは、
府が設置されているため重要な建築物が多くあり人の往来することもある場所だ。
「そうだね、でもキミを止められるなら……憂いなく使えるさ!」
アウレリオの事象能力の名は《威光》。
対象に光を当てることで、熱線による”光撃”や、治癒を行うことができる。
そしてその効果対象はアウレリオの視界内の感知できるすべてであり、
さらに効果範囲を絞ることで、攻撃、治癒の強度を高めることも可能である。
「ぜったい……キミを逃がさない……」
副次的に彼女には、
見えずらくする幻術や隠匿系の能力を看破しやすくする力も備わっている。
それを利用し彼女はあまり人を寄せ付けない彼を感じるために、
日夜この能力を使用し彼の居場所を把握していたのだ。
だがアウレリオにとっても意外なことに、
ローガンを感知することが出来なかったのである。
なぜならこの”淵渡り”という能力には、
ローガンは誰にも明かしていない秘密があったからだ。
「悪いがここは、勝たせて貰うぜ……」
淵渡りには深度があり、深く潜ればそれだけ彼を認識することは困難になる。
深度は5階層あり1階層潜る度に、精神に、寒気、不安、恐怖、孤独、絶望、と負荷を加わるようになる。
ローガンは現在、能力を深度1層から2層に移行させていた。
アウレリオの目の前を悠然と歩くローガンを検知することができない。
堂々と剣を抜いても彼女は反応することが出来ずにいた。
「……ダメ」
「ん?」
「ぜったいダメ」
ローガンは彼女のことを見誤っていた。
ここは中央万艱院のなか大階段前であり、
ここで、本気を出すことはないだろうと、つまり戯れだと思っていたのである。
だが正面を見つめる彼女の眼は煌々と紅く輝き、
なんとここでアウレリオは[太陽印]の能力を使用したのだ。
《太陽印:日の元に平等》は万象を見渡す力、
それが幻術や隠匿の効果を持つ事象能力であっても同様である。
「ちッ!」
ローガンの姿を露わにする。
「見つけたよ」
アウレリオは威光”光撃”を放つ。
「手荒な真似なんてしたくないんだ……降参して欲しいな、ローガン」
「はッ!お互い”手荒”になるのはこっからだろ」
ローガンは背負った長剣を取り出し、クルクル、と回転させて構えた。
──
「キミを、見逃さないよ」
さらに《太陽印:日の元に平等》を強める。
この能力は眼に負担を掛けてしまう。
そのため長時間の使用はできないが、
アウレリオという強靭な肉体であるためここまで保てているのだ。
──
「ダメだ……ッ!」
眼には人の宿すことのできる限界を超えた権能が、
アウレリオに宿っている、そしてその力が彼女の身体を蝕む。
──深層第g……
眼から血が溢れるが、それでも能力を解除しないアウレリオ。
「そろそろ、限界だろ?」
ローガンの言葉の意味は、降参しろ、と言っているのだろう。
でもダメだ、このままじゃ、ローガンがわたしの元を離れて行っちゃう!
「おいッ!」
事象の力を高めるために指定範囲と絞ることができる。
だがその代償に事象は強烈な印象を受け、
指定範囲を変更することができなくなるのだ。
そのデメリットを圧してまで彼女は特殊条件を付ける。
”形状変異”と呼ばれる現象は独特なエネルギーを発する。
それをいち早く感知したローガンは《淵渡り》を解除した。
「くそッ!ダメだ!」
肩を揺らす感触、それは彼女を心を揺らす忘れることのできない温もり。
まったく、この感触はいつだって私を驚かせるな……ふふ。
ローガンが目の前に現れ、
自分の肩を強く掴み真正面から見つめてくる。
そのことに胸の高まりを感じ心地良い。
「……」
「この勝負にそこまで賭けるなよ、お前にも、これからがあるだろ!」
「ふふふ、キミが私の心配をしてくれるだなんて、うれしいよ」
全能力を解除しこぼれ落ちる血の涙を拭うと、ローガンの腰に手を伸ばす。
「ふざけてるのか?」
「いいや……喜んでいるんだよ。心底ね」
「どういう……」
困惑するローガンに、柔和に微笑むアウレリオ。
「でもね」
「?」
「キミがいないんじゃ、私は努力する意味がないんだ。強くなる意味も、身嗜みをキレイにする意味も、人を救う意味も、なんにもない」
「おいおいm──」
「もしキミがいなくなるなら、私は勇者の義務を放棄する……いいの?」
「……」
勇者の責務を放棄すればどうなるか分かっているからこそ、好きにしろ、と言えない彼の優しさ。それを知るアウレリオだからこその問い掛け。
……少し意地悪だったかな。
と思いつつローガンの顔に片手を優しく触れるアウレリオ。
「ふふふ、あーもう、そんなキミの顔も愛おしいよ」
「離れろ」
「ふふ、いやだ」
「……」
「ここで私に提案があるんだ」
「なんだ?」
「うん……」
ローガンの顔を指差し、
「……キミは旅に出たい」
自分にその指を向ける。
「そしてキミは私に勇者を続けてほしい、それを叶える唯一の方法は」
グッと再び両手を腰に回し彼の身体を強く引き込む。
「ああ、私との”愛の逃避行”さ、ローガン」
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