白い花束を

濡れ鼠

白い花束を

ガードレールの向こう側を通るダンプが、煙を吐き出す。私が一歩踏み出す間に、ダンプは片手で摑めそうなくらい小さくなっている。その後ろからやってきたトレーラーは、ギシギシと軋む車体を引きずって、必死にダンプに追い縋る。トレーラーが一向にダンプに追い付かないことに、私は安堵する。

私を追い越していく車体が巻き起こした塵臭い風が、私が右腕に抱えた花束を揺らし、私はガードレールとの距離を意識する。ガードレールは、硬く強張っているように見えて、でも本当は脆いことを私は知っている。


ガードレールに背を向け、道端の水路を覗き込む。灰色を含んだ深緑色に淀んだ水面に頭から落ちていきそうで、私は思わず後ずさった。花束が足元のアスファルトの上に落ちる。白いカーネーションが、恨めしそうに私を見上げた。

通行人から、通過する車から見られているような気がして、私は花束を置き去りにして駆け出す。就職を報告しに来たはずが、一言も発することができなかった。母の話も聞けなかったし、兄の話も。次兄は間もなく二十歳を迎えるはずだったから、きっとその話題で持ち切りになっただろう。お祝いをしたいけれど、みんなお酒は嫌いだろうから、文明堂の焼菓子を買ってきたのに、まだ私の左手にぶら下がったままだ。


息が上手く吸えなくて、顎を上げたら、景色がひどく歪んで見えた。水膜の向こうの世界は、十五年前のことは忘れ去ったかのように動き続けていて、あいつは今年からあっちの世界に行けるけど、私は行けないし、行きたくもない。


ポケットの中で、携帯電話が振動する。

「今日、帰り、何時?」

父の声は、背後の喧騒に掻き消されそうだった。

「なんで」

今日の父には優しくしたいのに、つい言葉に感情を乗せるのを忘れてしまう。

「髙島屋来たんだけど。文明堂のバウムクーヘン、美味しそうで」

父の声が、携帯電話の内側にこもっているように聞こえた。

「もう買ったよ。今から帰る」

「うん、うん」

父はそれきり、黙り込む。私は携帯電話を耳に当てたまま、駅へと続く道を歩き出した。

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白い花束を 濡れ鼠 @brownrat

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