10.パーティー仮結成

 「まさか探索者の稼ぎがこんなに渋いなんてなぁ」


 ゴミ箱がカランと音を立てた。


 「1110円しか残ってねーよ」


 幸隆が手元の小銭を見て小さく落ち込む。


 「缶コーヒー飲んでんじゃないわよ」


 幸隆と杏は先程受け取った今日の成果報酬を分け合った直後、すぐに自販機で喉を潤す幸隆に杏が呆れてしまっていた。


 「いいだろう、このくらい。仮にも命のやり取りをした後なんだからよ」


 「……それもそうだったわね」


 探索中、新人とは思えない胆力でスライムを次々と四散させていった幸隆に、今日が初めての探索であるという事を半ば忘れてしまっていた。


 新人が初めての探索から帰ると大体はストレスの発散の為にバーっと贅沢をしたり、長めの休暇に入る者が殆どだ。


 それに比べれば非常に安上がりなご褒美だと言えよう。


 「それにしてもあんた、戦い慣れてるというか妙に体を動かすのが上手だったわね。なんかやってたの?」


 脚が高く上がるほどの柔軟性だったり、腰の捻りの効いた拳だったりと何かしらのスポーツや格闘技を経験しているような印象を杏は幸隆に対して抱いていた。


 「別に。なにか人に自慢できるような事はしてこなかったよ。ただ単に人より喧嘩慣れしてるってだけだ」


 淡々と話す幸隆。


 しかし平坦に聞こえるその言動はどこか、何かを覆い隠しているようにも感じられた。


 夕暮のせいかもしれない。


 「そ、意外と粗暴なところがあったのね。って意外でもなんでもないか」


 目の前の男の直情っぷりを見てきた彼女からしてもすっと納得のいく理由だった。


 「ま、そういうヤツのほうが探索者として向いていると思うわよ。生き物を殺してるわけだから、それにストレスを感じてギブアップする探索者なんて毎年いるもの」


 命のやり取り。


 自分の命を守るために、日々の糧を得るために生き物を殺さなければならない。


 それは平和な世界に生きる現代の人間にとっては適応の難しい課題であり、ある意味で最も適正を問われる部分だと言えた。


 「粗暴だなんて失礼だな。俺は紳士的な男なんだがな」


 「どこがよ。で?どうするの?これから」


 彼女は西日に陰る彼の顔を覗き込むようにして幸隆の今後を伺う。


 「うん?帰って飯食って寝るけど」


 きょとんとした顔は今日で見慣れた間抜け顔だった。


 「違うわよ。探索者として明日からどうするのかって聞いてんの。あとお風呂も入って歯もちゃんと磨きなさい」


 「母親かよ。そうだなぁ。あんまりっていうか今日は全然金になんなかったからなぁ。また明日も来るだろうな」


 できるだけ早く金がほしい幸隆は今日一日分の生活費にもならないこの端金ではこれからが不安で夜しか眠れない。


 せっかくフリーランスとなったのだ。


 昼間だってゆっくり寝たい。


 「連日で潜るつもりなのね」


 「あぁ、そりゃあな。纏まった金が入るまではそうなるよ」


 「一人で探索活動をするのは危険なのは理解してる?」


 「多少はな」


 「理解してないわね。その顔は」


 残念なおつむだと最早見抜いている彼女は幸隆の何も考えていなさそうな顔を見て、その危険性を理解していないことを察した。


 「いい?あんたは今日無事に探索から帰還できた事がとても幸運な事だったともっと重く捉えたほうがいいわ」


 「いや、感謝してるって。お前がいて狩りが捗ったよ」


 恩着せがましいなぁ、そういいたげな顔をしていると杏はそのわかりやすい顔から見抜く。


 「そこよ。そこが間違ってるのよ」


 「あん?じゃあなんだよ」


 杏の言いたいことをうまく察することができないのか、首を傾げる幸隆。


 本当にわかっていないようで彼女の口から大きくため息がこぼれ出した。


 「あのね、普通新人探索者がいきなり2階層まで行って乱獲なんてできないの。それは私がいたからとかそういうことじゃないのよ」


 「ダンジョンの危険性への認識が甘いってか?」


 「そう、ね。いきなり物分かりが良くなって躓きそうになったわ」


 「まぁ、確かに浮かれてた事は認めるが……言ったって2階層だろ?まだまだ初心者向けの階層のはずだ。そんな危険はないだろ」


 ギルドの公式のガイドブックでは3階層までが初心者探索者向けと記載されている。


 本登録の際に待機中の空き時間でさらりとそれを読んでいた幸隆はそのことだけは頭の中に情報として存在していた。


 「そう、の初心者向けよ。まだ一体も敵を倒していなかったあんたはまだ一般人となんら違いのない探索者未満だったってことよ」


 「って言われてもなぁ」


 確かに初めの一体に対しては文字通り手も足も出なかったが、コツを掴んで以降は大した苦労をしていなかった幸隆にピンとくる話ではなかった。


 「思い返しても見なさい。粘液を食らってその後すぐ回復したようだけど、本来は手も足も出ないスライムに一方的に体を溶かされて呆気なく死んでるはずだったのよ。それを幸運な事にレアスキルのオートヒーリングで回復できて、なおかつ倒す事ができるなんて普通ならできなかったはずなのよ!」


 まだ種を得ただけで戦う為の十分な魔力を得ていない新人探索者はただの一般人と変わらない。


 毎年、勘違いした自信家達が無謀に先走って痛い目に合っている。


 命があれば御の字だ。


 「才能かなぁ」

 

 「ぐぬっ……」


 しかし本人にそれを省みるつもりはないようだった。


 彼が言う通り、事実だけを見れば戦えるだけの身体能力と精神性、そして恵まれたレアスキルといった才能があるのは事実で、それだけに厄介だった。


 それらは突っ走った後にわかった結果論であり、わかった上での戦術ではなかった。


 その前後の違いは大きく、前者の考えを繰り返せばいつか取り返しのつかないミスに繋がることは歴史が証明している。


 「いいわ。私がしばらくは付き合ってあげる。どうせ明日は3階層にまで降りてゴブリンを相手にするつもりなんでしょう?」


 「良くわかったな」


 「わかりやすいのよ。あんたが一人でも十分稼げるようになるまでは付き合ってあげる。私も今はソロだしね」


 「おっ助かるよ。お前が居てくれたらやりやすいからな。でもいいのか?」


 「仕方ないわよ。乗りかかった船だし。それにあんた将来有望そうだし。恩を売っておこうかなって。馬鹿な所が不安だけど」


 「なんだお前見る目があるじゃないか。この恩はすぐに稼げるようになって倍にして返してやる。俺は紳士だからな……ん?馬鹿?」


 「そういうことだから、連絡先交換しましょうか」


 「あ、あぁ」


 微かに聞こえたような気がした悪口に気を引っ張られながら端末同士をかざし合い連絡先を交換し終えた二人。


 「それじゃあね」


 夕陽の中立ち去る彼女を見送りながら一日を振り返り、自分が探索者になったことを実感した幸隆は、探索者も案外悪くないものだと考えた。


 胸の奥に残る戦いの昂揚感を感じながら帰路につく。


 明日は人型の魔物。


 魔物の代表格にいる数も種類も豊富なその魔物は新人探索者にとっての登竜門とも言えるゴブリン。


 歪とは言え人の形をした相手に臆し、殺される者、勝利してもその後味の悪さに暫く食事も喉を通らなくなる者も珍しくない。中には引退する者までいる。


 故に新人探索者はゴブリン戦を前に緊張し、準備を整え、無事を祈り、戦いに臨む。


 それを越え、新人の看板を下げるために。


 「たのしみだなぁ」


 しかし、幸隆にその重圧は一切ない。


 ただ増える見込みの収入と、新たに覚えた戦いの昂揚感。


 その二つを満たすため明日に思いを馳せた。

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