中級パーティー(自称)

 ギルドフロントダンジョン入口前で杏が壁に凭れ掛かり待ち人を待っていた。


 艷やかな黒髪を持つ痩身の美女である杏に周りの男たちからの視線が集まる。


 声を掛けようと迷う男たちだが、醸し出すモデルのような気位に男たちも腰が引けて思うように声を掛けられないでいるようだ。


 周りが少しざわつく中、一人の男が杏へと近寄り声をかける。


 「やっやっやっ瀬分さんじゃん。相変わらず綺麗だね〜。一人ぃ?」


 軽薄な口調の男は杏と同程度の身長で男としては平均あるかないか。


 体つきも恵まれた物でも鍛えた様子もない中肉中背の男だった。


 その男の登場にフロントにいた探索者達がざわつく。


 「大舌おおしたか。なにかよう?」


 声を掛けてきた男が待ち合わせ相手でないことにやや苛立ちを募らせた杏が大舌と呼ばれた男にそっけない態度で応じた。


 「相変わらずのクールビューティだねー。瀬分さん一人なら俺のパーティーと一緒にいかない?」


 大舌がやってきたところからぞろぞろと数人の男女が遅れてやってきた。


 その誰もが新人探索者では買い揃えることのできない装備で身に纏い、それに相応しい力を身に宿している事も醸し出すオーラが証明していた。


 「悪いけど今日は一人じゃないの。ごめんなさい。他を当たって」


 もう幾度か誘いを断っている杏はいい加減煩わしい気分になっていた。


 確かに目の前の男を含めたこのパーティーの有望性は高く、パーティーに加わるのは杏からしてもメリットのない話ではない。


 しかし今は。


 「驚いた。瀬分さんもうパーティー組んだの?」


 目を丸くする大舌。


 何が言いたいかは何となくわかる。


 「組んだわけじゃないわ。一時的に手を貸すだけ。そいつが一人で十分にやれるようになればまたフリーに戻るわ」


 「その言い方だとまさか新人と組んでるの!?パワーレベリングじゃん!」


 「私だって彼をおんぶにだっこするわけじゃないわ。ちゃんと見込みがあるから手を貸しているだけ。投資よ投資、恩を売ってるだけ」


 「しかも男なんだ。そいつそんなに見込みあるの?」


 大下の口調に少し剣呑な雰囲気が漂い始める。


 「まぁ、今のところはね。だいぶバカだから最終的にはどうなるかわかんないけど」


 それに気づかない杏は大下に顔を向けることもなく再び壁に凭れ掛かった。


 「それってもしかしてそいつ?」


 大舌が訝し気に指を指すその先には杏に手を振りながら歩いてくるピッチピチのジャージ姿の幸隆がいた。


 「なによその恰好!?」


 ダンジョンに相応しくない格好のその男の姿に杏は恥ずかしいものを見るように声を荒げた。


 「おお、朝から元気いいなお前は」


 「昨日のスーツも大概だけどそれもどうなのよ!もっとましな格好はなかったわけ!?」


 「しょうがないだろ?ここで防具買うだけの金が無いんだから。それは昨日も話したぞ。なに?金貸してくれんの?」


 「バカ言わないで。いつ死ぬかわかんないバカに貸すわけないでしょ。だとしてもなんでそんなきつそうな恰好してんのよ。絵面もきつい……」


 「いやもっと余裕のあるジャージを着てこようかと思ったんだが、出る前にコーヒーぶっかけちゃって。高校の時のジャージ引っ張りだしてきた」


 確かにそのジャージの裾部分にはここら辺にある高校の名前が刺繍されていた。


 「流石に9年近く前になるジャージはきっついな。そうだ勘違いしてほしくないんだが、これは太ったから小さくなった訳じゃなくてだな、筋トレで体がでかくなったから小さくなったんだ。筋肉も十代の頃よりも二十台の方がつきやすいんだよ。だから別に太ったってわけじゃないかなっ勘違いすんなよ!」


 「知らないわよ……」


 会って早々に頭を抱えたくなる杏。


 大舌が注目を集めていたという状況もあり、幸隆の痴態は多くの観衆の目に触れ、杏はそれに見事に巻き込まれていた。


 本人は丈の小さな恰好が恥ずかしいようだが、それ以前にジャージ姿という防御力0のあまりにラフすぎる恰好が問題だった。


 「……そいつ?」


 眉を寄せて、ほんとにそいつ?と言いたげな大舌のドン引きした様子が杏に追い打ちをかけた。


 「なに?ナンパされてんの?」

 

 男の下心がありそうな顔を見て幸隆は聞く。


 「パーティーに誘われてたのよ」


 「マ?そりゃ困るな。すまんが今日は俺が先約を入れてるんだ。また今度にしてくれ」


 男を見下ろしながら言う幸隆だが、睨んでくる男の雰囲気からして素直に引いてくれそうにもない感じだ。


 「お前、新人だよな」


 「……あ?そうだけど」


 初対面でいきなり剣呑な物言いの男に対して、幸隆の温度も冷めていく。


 「新人のくせに中級クラスの探索者に頼るのか?」


 「中級?」


 幸隆はそんな聞き覚えのないランクに首を傾げる。


 ギルドの定める探索者の区分けは大雑把に分けられており大きく3つに分類される。


 通常の探索者と、実力を認められ、特権を与えられた上級探索者、そして国家が抱えるエリート探索者である国家保有探索者の3つだ。


 中級クラスなんてのはなかったはずだ。


 知らない様子の幸隆を見て大舌は嘲るように笑う。


 「ほんと無知の新人って感じだな」


 「正式の名称じゃなくて、勝手に呼んでる俗称ってやつよ」


 大舌を遮るように割って入った杏が代わりに幸隆へと説明。


 それを聞いて幸隆も納得がいく。


 「お前結構強いの?」


 「そこそこよ。いいからいきましょう。時は金なりよ」


 そう言ってダンジョンへの入口へと杏は歩き始めた。


 それに大きく賛同する幸隆は杏の後に続く。 

 


 「おいっお前はちょっと待てよ……っ……っておい!」


 肩を掴まれ強引に引き留めようとする大舌に構うことなく幸隆は人生二度目のダンジョンへと足を踏み入れた。





 「ってーな。あんななりでもこんなに力があるんだな」


 「そりゃあいつも俗に中級探索者って呼ばれてるパーティーのリーダーだからね」


 メイン討伐対象のゴブリンが生息する3階層へと脚を進める幸隆と杏。


 その道中、幸隆が掴まれた肩に手を当てて、大舌の見た目に伴わない力強さに舌を巻いていた。


 「なんか喧嘩腰だったけどなに?痴情のもつれかなにかか?」


 「バカ言わないで。ちょっと前くらいから一方的に声をかけられてるだけでそれ以上でも以下でもないわよ」


 幸隆の言葉に眉間にシワを寄せた杏がそれをキッパリと否定。


 本人はそんな事も思われるのが嫌なのか、ご機嫌がだだ下がりだ。


 「ふーん。まぁ良いけど」


 幸隆は痛みの引かない肩に顔を顰める。


 小柄なあの男が持つには違和感のある握力。


 しかし筋肉量の優れない華奢な男でも見た目にそぐわない力を有するのが探索者だ。


 幸隆の直感だが何かスポーツや格闘技を齧っているようには見えなかった。


 喧嘩慣れだってしているか怪しい。


 それでもあれだけ他人に喧嘩腰な態度に出られるのは、それだけ探索者としての力が大きいのだろうと幸隆は感じた。







 杏と体格の良い男がダンジョンへと潜っていくのを大舌は黙って見送った。


 大舌の近くまで来ていたパーティーメンバーの男の一人が機嫌の悪くなった

リーダーの隣までやってきて、杏の去った方を見やりながら声をかける。


 「あの女意外と薄情なのかもな」


 その言葉の意味する所は大舌も知っている。


 今まではあの女のある事情によってパーティーへの誘いを断られ続けてきたのだから。


 今まで誘っていた自分を袖にして、仮とは言えいきなり新人とパーティーを組むというのだから男のパーティーリーダーも納得いかないだろう。


 「リーダー?」


 返事のないパーティーリーダーを不思議に思い、男は振り向く。


 そこには幸隆の肩をつかんだ方の手をじっと見つめる大舌の姿があった。


 「……あいつ本当に新人か?」


 「どういう意味だよ」


 大舌はこれでもここらで最近有名になってきたパーティーの筆頭だ。


 倒してきた魔物の数も相応に多く、宿す力も新人や下級の探索者とは一線を画している。


 試したことは無くとも、8階層までしか到達できない探索者相手なら10回やっても負ける気がしなかった。


 特に一般人との身体能力の差は雲泥の差だ。


 それは新人と比べてもその差は縮まらない。


 しかし、未だ手に残る男の重い抵抗。


 思わず、体が傾いでしまいそうになったあの男の力を思い出す。


 ───もしかすると身体能力だけなら……


 「いや、まさかな」


 大舌は男のピッチピチなジャージ姿を思い出してその考えを否定した。


 あの呑気な恰好の男がまさか自分よりも強いなんて事はないだろう。


 それにダンジョンを甘く見続けるならそう遠くない将来、ダンジョンの肥やしになるのは間違いないはずだ。


 忌々し気にあの男の記憶を頭の端っこに追いやった大舌とパーティーメンバー達はダンジョンを後にした。

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