9.新紙幣に変わりましたね
ダンジョンの出入り口にて、二人組の男女が姿を表す。
方やホクホク顔のスーツ姿の中年間近に見える男と、少し疲れた様子のスラリと背の高いモデルのような美女。
二人は小さな袋と数個の小瓶を手に持って受付へと訪れた。
「生きていらっしゃったのですね。本堂様」
つっけんどんに対応したのは、適性試験に立ち会い、無防備にダンジョンへと駆けていった幸隆を制止した受付嬢だった。
「そんな危ないところまで潜ったりしないですよ〜」
スーツ姿の幸隆をみてそういう事じゃないと言いたげな受付嬢は反省の色を見せない男から隣の女性へと視線を移した。
彼女も受付嬢が何を言いたいのか察して同情するように頷いた。
「なるほど、運がよろしかったようですね」
幸運な事に、見るからに経験浅からぬ探索者に助けて貰ったのだと受付嬢は理解した。
「えぇ!かなりの数のドロップ品を回収できました!初めてでこれならこれからがたのしみですね~」
ほくほくと懐が温まる事を想像した幸隆は小袋から金平糖のような見た目の魔石をひっくり返して、小瓶を並べた。
「初めてのダンジョンでこれだとかなり無茶をしたようですね」
隣の疲れた様子の女性を見て受付嬢は察する。
「小サイズの魔石が10にスライム溶液を入れた小瓶が3つですか」
「いくらになります?結構すごい数なんでしょう?うわー、今日なに食べようかなぁ。最近カップ麺ばっかで飽きてきたからそろそろ何かいいもの食べたいなぁ」
「あー本堂、そんなあんまり期待しないほうが……」
ワクワクした表情の幸隆が受付嬢に待ちきれないとばかりに催促し、横で少し気まず気な
受付嬢は表情を一切変えることなく魔石一つ一つの重量を計り、電卓を叩く。
「これら合計で2500円になります」
「うん?2500円?」
「はい、2500円です」
「半栄一?」
「半梅子です」
「ってことは一人2500円?」
「どの様に分配されるかは存じ上げませんが、お持ち頂いたもの全ての合計が2500円になり、こちらがお渡しする額も2500円になります」
往生際の悪い幸隆に懇切丁寧に説明し現実を突きつける受付嬢。
その様子に杏もあちゃーっと顔を隠した。
「あれだけ倒してたったそれだけ!?計算あってんの!?」
幸隆は思わず声を張ってしまう。
比較的体格の良い男から大声で詰め寄られても、慣れた様子で受付嬢は動じない。
「はい。この魔石、同時に持ち込まれたスライムの溶液からして、同じくスライムの魔石だと思われますが、このサイズの魔石は現在供給過多となっておりまして、最低保証金額である100円での買い取りとさせていただいております」
「100円……全部で1000円……最低保証金額……100円……」
幸隆の口から繰り言と魂が抜けていく。
「そしてスライムの溶液ですが、1つあたり1300円になりまして───」
「───1300円!それならそれだけで3900───」
「ですが3つの内2つは不純物が多く最低保証金額での買い取りとなります」
「最低保証金額……!」
「だから力尽くは止めたほうが良いって言ったのに」
杏が隣で呆れるがそれすら幸隆の耳に入る余裕はなかった。
「1つだけは美品でしたので本来の金額で取引させて頂きます」
「あ、それ私の」
スライムの核を射抜いてきれいに倒す事のできる杏の溶液は塵やゴミといった不純物が少なく綺麗なのに対して、幸隆の倒したスライムの溶液は四方に散り散りに飛び散ったものを回収しているため、床の物がこびりついて不純物の多いものとなってしまっていた。
「そんな〜」
「諦めなさいよ。最初にしては上出来よ。一匹も倒せないで成果0なんて新人もざらにいるんだから」
「現金でのお渡しにいたしますか?それとも振込にいたしますか?」
「パーティー用口座なんて作ってないし、それぞれの口座に振り込ませるのも悪いから現金でいいわ」
「承知致しました」
そういって受付嬢は裏へと行き、トレイに入った紙幣と硬貨、そして明細書も持って席につく。
「こちらになります。ご査収下さい」
トレイに載せられた2枚の紙幣。そして5枚に分けられた硬貨に細かな心遣いが垣間見える。
幸隆はそれを受け取って一旦杏へと渡す。
「大きな声だしてすみませんでした。ちょっとお金の面で苦労がありまして」
冷静になった幸隆は自分の行動を思い返し、受付嬢へと謝罪した。
その意外な反応に受付嬢は初めて驚いた顔を少しだけ見せてくれた。
「いえ、私共も慣れておりますのでお気になさらず。そういった事情の方も少なくありませんので」
受付嬢はすぐに元の表情へと戻して、用意してある返答を口にした。
そして二人は分前の話をしながら受付を後にした。
受付嬢はその背を見ながら二人の会話、特に女の言動を思い出していた。
────だから力尽くは止めたほうが良いって言ったのに。
まるでスーツの男が倒したようなその言葉に彼女の中にあった彼への疑問が大きくなる。
スライムのドロップ率は半々、その殆どが魔石で低確率でその粘液が溶け出し残る。
そして3つの溶液の内2つはその男が倒して手に入れたような旨の会話だった。
だとしたら単純計算で主にスライムを倒したのはあの男ということになる。
飽くまで確率の話をそのまま素直に聞けばということになるが。
そもそも普通は登録初日の新人探索者が倒せるような相手ではないはずだ。
弱点である核は慣れない新人はすぐに見つけるのは難しいし、特定の武器を使用する者だと力が着くまでは手も足も出ない相手だ。
それを丸腰の新人が倒すなど考えられない。
(彼女からなにか武器になるものでも借りたのでしょうか?)
それが妥当だろう。
しかし、彼女の力ずくという言葉が頭に残る。
刃のある武器ではああらならない。
本堂 幸隆の丸腰姿を思い返し、そして数時間前の出来事が脳裏を過る。
スタンピード、大量の魔物を想定した、重厚な防護壁。
電動式で開閉されるそれを、馬鹿みたいに素手で押し、軋みを上げたあの瞬間。
あれはきっと電動部分の何処かが軋んだ音に違いない。
そうだとしてもかなりの力だが、それであれが開くことは絶対にない。
もしそれがそうでないのなら───
(まさか、ね)
受付嬢はありえない想像に首を振って通常業務へと戻っていった。
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