レベルアップ(?)

 「よし!ダンジョン初勝利!」


 果たせたリベンジに幸隆がガッツポーズを決めて喜んだ。


 「……」


 それを驚愕半分、呆れ半分の表情をした杏がじとーっと見つめた。


 「今日、初めてなのよね?」


 「うん?最初にその話しなかったっけ?」


 「なにかスキルとか使った?」


 杏はそんな訳はないとわかっていながらも聞かずにはいられなかった。


 「いんや?殴っただけだぞ。スキルとかよく分かんないし」


 「あのね、スライムって見た目柔らかそうだけど、打撃に対してはある程度耐性があるの。種を成長させて身体能力の強化された探索者ならまだしも、魔物を倒したことがない実質ただの一般人が殴打でどうにかできる相手じゃないのよ。それも素手でって……」


 その粘液生物は確かに斬撃や刺突、魔法に対しては脆弱な生き物ではあるが、衝撃を分散しやすいその体は打撃に対してだけは高い防御性能を有していた。


 それを肉体が強化されていない人間がその粘液を殴った所でその力は核まで届かずノーダメージに終わる。


 26歳一般男性が「拳で」と言ったところで、それは現代では小・中学生にすら「かっこいいwww」と馬鹿にされる程度には常識となっていた。


 「しかも何か秘策があるみたいな事言ってやってることはさっきと変わんないじゃない!?何だったの!?あのキメ顔は!」


 杏は声を少し荒げて、幸隆の思わせぶりな言動にキレた。


 「倒したからいいじゃん」


 幸隆本人はキメたつもりでスライムを倒したが、それをお気に召さない彼女の反応に、幸隆は拗ねたように口を尖らせた。


 「どうやって倒したのよ!?」


 杏は自分が想像した戦いを真下に裏切られ、しかもそれでスライムをチリヂリにできた理由を知りたかった。


 「フッ、言っただろう。お前から学んだ事があるって」


 説明の機会を得た幸隆は待ってましたと言わんばかりに解説フェーズへと入った。


 「えぇ、言ったわね」


 杏の戦いは弓を用いて矢でもって核を貫くものだった。


 それは武器があるからできること。


 だから彼女は武器になるものであの粘液の体を突き破って核へとダメージを与える戦いをするものだと思っていた。


 それは他者が見ていても同じ事を考えただろう。


 手札に有効な物が無いのだからそれを外から持ってくればいいと。


 そして二人の周りにはちょうど良くそれらしいものが散らばっていた。


 それ以外の手段が、まだただの一般人と言って差し支えないこの男のどこにあるというのだろうか。


 いやない。


 「なら、聞かせてくれる?どうやってスキルも武器も無しにスライムを倒したのか」


 「フフッ良いだろう。教えてやる」


 腕を組む幸隆。


 「核のある場所を殴った!」


 そして、ドヤる。


 「……ふぅ」


 まてまて、怒るのは筋違いだ。


 しかし、斜め下どころか予想を直下するその回答と、当たり前の事を自信満々に言い放つその態度が妙に苛立たしかった。


 常識の通じない者を相手にするのはこんな気持ちになるのだと杏はこの日初めて理解した。


 「じゃあ、さっきのスライムに負けてたのは核の近くを攻撃しなかったからで、今スライムを倒せたのは核のすぐ近くを攻撃したから。そしてそれに気付いたのは私が矢でスライムの核を射抜いたからって事でOK?」


 「理解が早いな」


 「話をまとめただけで理解はしてないわよ」


 彼女は眉間を抑え、少し疲れが見え始めていた。

 

 「お前、もしかして国語苦手か?」


 「こんっっっのっ」


 キョトンとした顔でこちらの頭を心配する目の前の馬鹿に必死に怒りの感情を抑えこむ杏。


 普通は核の近くだろうが遠くだろうが、非力な人間がどうにかできるものではないだ。


 当然、核が弱点なのだから核の近くを攻撃するのなんてのは常識で、最初から取り組むべき事項なのだ。


 それをあたかも名案だとも言いたげな男に彼女もまともな態度ではいられなくなっていた。


 「はぁー、もういいわ。すごいすごい」 


 ため息とともに気力が抜ける。


 投げやりに誉めるも、その実かなり凄いことをやってのけている。


 しかし、それを素直に誉めるのはなんだか少し癪だった。


 「なんか棒読みだな、感情が籠もってない」


 馬鹿だがそれには気付くようだった。


 「お!なんだかほんのちょっとだが強くなった気がする!」


 「普通は一匹倒した程度じゃ自覚できるほど力がつくことはないと思うけど、なんだかあんたならそれもおかしくないような気がするわ」


 疲れた杏は幸隆のトンチンカンな言葉を深く考えないようにした。


 「倒せたのはいいけどよー」


 「なに?」


 「ドロップ品は?」


 倒したスライムが居た所を見つめる幸隆。


 しかし、そこには何もなかった。


 「毎回必ずドロップする訳じゃないのよ。殆どが光の塵となって消えるわ」


 「まじかよ」


 初勝利に喜ぶのもつかの間。


 本来の目的である金策のためのドロップ品集めがうまくいかず幸隆は肩を落とした。


 「すぐ集まるわよ。倒せるんだし」


 「まぁそうだな。弱点がわかればただの雑魚キャラだし、数倒せば幾らかはドロップもあるだろ」


 「そうね、しばらくここらへんを探ってみましょうか」


 「よし!頑張って金策といくか!」


 そうして、2階層にて世紀末染みた声を出すスーツ姿の男と、疲れた顔で思考を停止したような顔をした女の奇妙な二人組が暴れまわっているという噂が探索者の間で流れ始めた。

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