7.爆散ダイレクトアタック

 「そういえばあんたクラスは何なの?」


 幸隆は一瞬、なぜ新年度の学生のような事を聞くのだろうかと思ったが、すぐに探索者の職業と呼ばれるシステムを聞いているのだと理解した。


 何分、探索者関係の話に長い事無沈着だった幸隆はそれを真っ先に思い出す事ができなかったのだ。


 「あー、クラス?」


 そんなものに就いた覚えのない幸隆は言葉に詰まってしまう。


 「どうしたの?因みに私は『盗賊シーフ』よ」


 あってすぐにお人好しだと分かる彼女には不似合いなクラスだが、探索者のクラスとはそういうもの。


 好きなクラスを選べるわけでもないらしく、だからといって適正うんぬんということでもないらしい。


 つまりは運。


 ダンジョンへと入り、無事探索者になったものは自分がどのクラスになったかを自然と自覚するらしい。


 (そういえば俺はなんなんだ?)


 その自覚が未だに湧いてこない幸隆は当然一体どんなクラスに就いたかなどわかっていなかった。


 「本堂?」


 彼女が言い淀む幸隆の名を不思議そうに呼んだ。


 「あー、格闘系?」


 素手で戦っていた経緯を考えればそれが妥当かなと詳しいクラスを知らない幸隆は曖昧に返した。


 「なんで分類で答えるのよ。……まぁいいけど。素手で戦うタイプのクラスって事ね。それならあの無茶な戦い方もパッシブも納得いくわ」


 探索者になって嬉しさのあまりに装備のことなど何も考えずに飛び込んだだけなどとは言えなかった。


 あまり突っ込んで聞いてこない当たりが幸隆にとって都合がよかった。


 「それなら一階層で強くなってからの方が良いわよ?スライムは打撃の通りがあまり良くないのよ」


 彼女のその言葉に幸隆はあの液体の塊の感触を思い出す。


 あれは確かに手応えがなかったが。


 「うーん。ネズミって金になんないんだよなぁ……」


 「そんな事は知ってるのね。でもスライムを倒せなかったら無一文よ?」


 彼女の言うことは最もだ。


 賢いと自負する幸隆はそれを理解している。


 「それとも私に寄生する?」


 「ぐぬぬ……」


 いたずらな笑顔を向ける彼女に、男のプライドが刺激された幸隆は大人しくネズミを相手に自身の強化に努めるか悩む。


 「もう一回試してみたいんだ」


 女に倒してもらってそれを折半してもらうなど幸隆のプライドが許さない。


 しかし、それと同様に一度土を着けられて尻尾を巻いて逃げ果せる事も幸隆のプライドが許さなかった。


 「試すって?」


 杏は幸隆がスライム相手に闘志を燃やしていることには気付いたが、モンクやストライカーといった格闘系のクラスの武器である拳で歯が立たなかった相手に今更何を試すのだろうと疑問に思い彼に聞くも、当の本人は一点を見つめて歯を剥き出しに笑っているを見てその視線を追った。


 「ちょうどいい」


 幸隆が静かに呟いた。


 レンガ造りの迷宮の長い通路の突き当り。


 光源の定かではない薄暗い中、人の目には遠いその場所に幸隆の獲物は確かにいた。


 「なに?いるの?」


 目を薄く伸ばして彼の視線の先を注視するもそれは盗賊である彼女の目を持ってしても発見することはできなかった。


 「この薄暗さじゃ私でも良く……ほんとにいるの?───ってちょっと!?」


 歯を見せて笑う横顔が沈むと同時に走り出す幸隆。


 それを見て慌てたように彼女はその背中を追った。


 僅かに追いつけないその男の足の速さに内申で舌を巻きながら、突き当りに差し掛かり、一匹のスライムを視認した。


 (ほんとにいた……どんな視力してんのよ)


 盗賊である杏が、そのクラスの強みである足と目の二つで負けた事実に幸隆への疑念が強まった。


 「よし!リベンジだ!国民的雑魚キャラァ!」


 スライムと言うよりアメーバといった方がイメージにあう目の前の魔物は、国民的なマスコットというには少しグロテスクな見た目だった。


 「だから打撃は殆ど効かないわよ?探索者になったばかりのあんたなら尚更に」


 「やってみなきゃわからないだろう?」


 「やってだめだったから尻餅ついてたんでしょ」


 呆れた表情の杏はスライムが何時粘液を飛ばしてきても良いようにナイフを構えて臨戦態勢に入った。


 「俺だって馬鹿じゃない。さっきのお前の戦いを見て学んだんだ」


 「……へー、どうするのか見物ね」

 

 杏の目の前の男はこれでもちゃんとした社会人だ。


 サラリーマンをしていたと言うし、本当に馬鹿ということもないはずだ。


 杏からしたら先程のシーンが強烈過ぎて頭の残念な男というイメージがまだ払拭しきれないが、それも事情があっての過ち。


 彼女とて嫌いでもない相手に馬鹿という偏見を持ったままでいるのも心苦しい。


 これは彼がこのダンジョンで探索者として大成するかの試金石だ。


 彼の武器は拳。


 しかしそれは通用しないことがわかっている。


 杏は周りを見渡す。


 こう見れば意外にもいろいろな物が落ちている。


 大小様々な石もあれば誰かが落としたチェーンや布、激しい戦闘の後のレンガ片だってあった。


 それらをうまく利用すれば武器にだって成り得る。


 幸隆が杏の一回の僅かな戦闘のみでそれに気付いたのだと彼女は感嘆した。


 当たり前のような事でも、いざ戦闘となると人は緊張も相まって、自分の手の内にある手札にばかり執着して環境にあるものこそが切り札だとは気付けない。


 それに気付ける柔軟な人間は強くなる。


 彼女の顔に自然に笑みが浮かんだ。


 (さぁ、どんな手を見せてくれるのかしら?)


 期待に胸を膨らませ、男の一挙手一投足を目で追った。


 男は背を低くし、力強くその足で地を蹴った。


 スプリンターの如くの初速。


 男の駆けるスライムへの導線上には鋭く尖った金属片。


 男の能力はオートヒーリングと呼ばれるレアスキル。


 それは自身の怪我を即座に治癒するレベルのもの。


 肉を切らせて骨を断つ。


 あれならば弾力のあるスライムの肉体を貫通してその切っ先を核に突き刺す事も可能かもしれなかった。


 (自分の手も傷つきかねないけどあれなら!)


 男の見せた可能性に彼女は自分の想定を越えられた喜びを覚えた。


 自分ならば自傷も辞さない捨て身はよっぽどの事がなければ取ることができない。


 しかし彼ならばその思考すらも裏切って相手の虚を突く事ができる。


 オートヒーリングを持つ者が許された特攻と探索者初日で誰よりも探索者らしい姿を見せる男の姿に将来の上級探索者の影を見た。


 幸隆が金属片へと手を伸ばし──────




 ──────大きく飛び越えた。


 「は?」


 「爆散ダイレクトアタァァック!!!」


 突進の勢いを乗せた男の拳が先程よりもやや大きいスライムへと振り下ろされ、


 ────バキッ、バッシャン!


 という音を立てて核を破壊されたスライムはその体積を四散させた。


 「えぇ……?」


 魔物の光る塵がダンジョンを僅かに照らすその後ろで、淀んだ顔をする女が一人いた。

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