6.そんな投資で大丈夫か?

 「あーっと、えと…………ごめんなさい」


 「あ、うん……」


 二人の間に気まずい雰囲気が流れた。


 「ほ、ほら!なんだかすごく落ち着いてる雰囲気が……」


 笑顔を取り繕いフォローに口が走るもコースを間違えた事に途中で気付き言葉に詰まった。


 杏の脳裏に先程のバカ丸出しの必殺技シーンと尻餅をついて痛そうに四つん這いで苦しむバカの姿が過った。


 「落ち着いてる……」


 言葉を反芻する幸隆。


 「あの、えと」


 「……ふふ、そうか」


 「え?」


 「そうだな。俺みたいに落ち着いた貫禄のある賢い人間は年齢以上の印象を相手に与えてしまうということだな」


 気に入ったのか幸隆は顎に手を当てて杏の言葉を噛み締めて悦に浸る。


 満更でもなさそうだ。


 「いや、そこまでは言って……いやそうね!貴方には部下を引っ張る上司のような頼もしさを感じるわ!」


 一瞬、どよんとした表情に戻った幸隆の顔を見てすぐに言葉を取り繕った。


 「それならしょうがない。仕事のできる上司ってのはなんかこう自分より年上ってイメージあるもんな」


 「そ、そうね」


 咄嗟のフォローのためとはいえ、つい口に出してしまった嘘を今更ながらに嘘だとは本人を目の前にして言えなかった。


 「と、とにかく、そんな格好じゃ命を落としてしまってもおかしくないわ。早く上に戻って防具を買いなさい。私のような急所だけを守るようなものでもいいから」


 「それはできない」


 「は?」


 杏のありがたい助言を幸隆は即座に切り捨てた。


 そのきっぱりとした物言いに思わず杏も固まった。


 「何言ってるの?命の話をしてるのよ?ダンジョンを甘く見て死ぬ人間をニュースなんかでいくらでも見てきたはずよ」


 杏の表情が徐々に温度を下げていく。


 それは知識のない馬鹿に優しく教える教師のような顔から、知恵も判断能力も聞く耳も持たない愚者を見放すような冷たい顔へと変わりゆく。


 「金がないんだ」


 「だったらお金を貯めてから出直しなさい」


 「……時間がないんだ」


 杏の顔から温度が抜け落ちて行くのに対し、幸隆の顔が焦燥感に満ちていく。


 それは見る人が見れば余りに沈痛な表情だった。


 「なにか事情があるの?」


 何かを察した杏は覗き込むようにして幸隆の顔を伺う。


 人には一つや二つ人には言えない事情があるものだ。


 それをよく知っている杏は幸隆に対して心配気な気持ちが胸にじわりと広がった。


 「それは……言えない」


 目を逸らし、口を噤む様子に杏はこれ以上の詮索は野暮だと詮索を止めた。


 「そう、それなら私がこれ以上説法を説いても無駄ね」


 「忠告は有り難いが、俺はもう止まれないんだ」


 幸隆の真剣な表情に、杏は自分が余計なお節介を焼いた事を反省し、覚悟を決めたような顔をした男に笑みを返した。


 「ごめんなさい。偉そうにお説教みたいなことして」


 長い髪を耳に掛けて謝る杏に幸隆は柔らかな態度で応じる。


 「いいさ。別に」


 幸隆は表情を元に戻して快く杏の謝罪を受け入れた。


 杏にはそれが無理をする男の虚勢にも見えた。


 さっきの奇行も何かの不安と焦燥に駆られ際の暴挙だったのだろう。


 そう思えば杏の中で辻褄があった。


 素であんな奇行に走る人間などいるはずがないと。


 「だったら私が一緒に探索に付き合ってあげる。流石にそのスキルと先輩である私がいれば2階層程度で死んでしまうなんてこともないでしょう。どう?」


 「……うーん」


 杏としても悪くない提案であるにも関わらず、幸隆は渋い顔を浮かべる。


 幸隆が金に困っているという事を念頭に入れている杏はその反応も織り込み済みだ。


 「もちろん分前は半々でいいわよ?装備の破損等が出ればそれは状況に応じて少し多めにもらうかもしれないけど。貴方が一人で行動するよりも実入りは良いはずよ」


 幸隆は頭の中でシミュレーションと実入りの計算を行い、利益の差異を弾き出す。


 「それは俺としては嬉しい話だがいいのか?」


 彼女ならば恐らく幸隆を連れて行動するよりも一人のほうが実入りがいいはずだ。


 満足に敵を倒せるかわからない初心者にも折半で言いといっているのだから。


 「私一人の方が効率的だけど。そうね、先行投資だと思ってちょうだい」


 「先行投資?」


 「えぇ。ただの無謀な馬鹿だったらここでサヨナラだけど、なにか事情がありそうだし。それにスライムとは言え、初見であれだけ魔物相手に果敢に立ち向かえる人はそうそういないわ。だから将来大きく化けると期待して唾つけておこーかなって。良いパッシブも持ってるしね」


 にこりと笑う彼女はきっとお人好しと呼ばれるような人柄だと感じた幸隆はそれに甘えようと考えた。


 「なら期待に応えられるようにたくさん稼げるようにならなきゃな。よろしく頼む」


 幸隆は手を差し伸べる。


 「えぇ、私は人を見る目に自信があるの。だからがっかりさせないでね?」


 握手が交わされる。


 女性としては高身長な彼女を少し見下ろす。そして触れる、その長くたおやかな指とさらりとした肌は手入れの行き届いた女の手だった。


 「いやらしい顔をすると余計に老けて見えるわよ?」


 見透かされた幸隆の心に鋭い言葉のナイフが突き立った

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