人を見た目で判断してはいけない(悲)

 「なんで丸腰でダンジョンに潜ってるのよ!」


 一部始終を見ていた革鎧に身を包むスラリとした長身の女性が口をあんぐりと開けていた。


 「丸腰?」


 そこで幸隆は初めて自分の格好を見返した。


 ロクにクリーニングに出していない草臥れたスーツと安物の革靴。


 幸隆は前職から変わらない仕事着のままダンジョンに潜っていた。


 「まぁ、これも仕事だし。スーツってのも間違いじゃないだろう」


 「大間違いよ!」


 ブチギレる美人の顔は迫力があるなと幸隆はその勢いに気圧された。


 だが確かに、ここは現代ファンタジー代表のテンプレダンジョン。


 この格好は場に合っていない。


 もしかしたらフォーマル過ぎるのかもしれない。


 女性の装いに目を向ける。


 革鎧の下はラフなシャツだ。


 大事な所だけを守り、機動力を確保した動きやすい格好。


 靴なんて見たこと無いメーカーのスニーカーだった。


 この階層の探索者は皆似たりよったりの格好でまだ敵の強さに余裕があるのか談笑していたりする。


 そして自分の格好と見比べた。 


 「お堅い?」


 「やわいのよ!」


 女が食い気味につっこんだ。


 「どこに危険な魔物が蔓延るダンジョンにただのスーツで探索するバカがいるのよ!」


 言われて気付いた青天霹靂。


 幸隆はハッと目を見開いた。


 「……今気付いたみたいな反応やめなさいよ」


 疲れた様子でため息をつく女性。


 頭に手を当てため息を吐く疲れたような仕草でもモデルのような女性がすれば絵になるのだと幸隆は他人事のように感心していた。


 幸隆が女性の仕草に容姿の美醜による理不尽さを感じていた時、不意に腰辺りに猛烈な熱を感じた。


 「うぎゃっ!アッッッッッッッチ!!!」


 首と腰を捻って自分の背中を覗き見る幸隆。


 そこには熔けて破れたスーツと、赤く爛れた肌が露出していた。


 スライムの強酸が幸隆を襲ったのだ。


 「言わんこっちゃない!」


 女性は急いで背中に背負った弓を構え、素早く矢を番えた。


 「おい!ちょっとまっ───!」


 シュッ────


 幸隆の制止に構うことなく放たれた矢は透明なスライムの中に微かに見える核へと寸分違わず命中し、それを砕くことに成功した。


 これが探索者でない者の成果なら弓の達人だと持て囃されそうな腕前だった。


 核を砕かれたスライムは命絶え、その形状を保つことができずに水へと変化し、そして光となってダンジョンへと還っていった。


 「あぁ、俺の記念すべき初収入……」


 大の大人の情けない声に納得のいかないような顔の女性。


 「私、助けたつもりなんだけど……」








 「は?あんた今日初めて探索者になったの?」


 女性────瀬分せわけ きょう助けてくれたお礼をした後互いに自己紹介を交わした。


 名刺を出そうと探して、無い事に気付いた時のキョドりは内緒だ。


 幸隆はバレていないことを願った。


 「あぁ、即金欲しさにな」


 探索者の実入りは探索後すぐだ。


 来月以降の振込では間に合わない。


 崖っぷちギリギリに立っている幸隆はできる限り早く金が欲しかった。


 「苦労してるのね」


 杏がどう受け取ったのかは知らないが、憐憫の情を見せていた。


 「お金に困ってるのはわかるけど、せめて防具位は買いなさいよ。命が最優先、ダンジョン用の防具があればさっきのスライムの酸攻撃だって無傷で済んだわよ」


 「いやまじでこれ痛……くないわ」


 不思議に思って背中を見るとあれだけ焼け爛れた皮膚がかなりいい状態にまで回復していた。


 「あんたそれパッシブ?すごい回復速度ね」


 「パッシブ?」


 「あーごめんなさい。初心者ですものね」


 そう言って杏は探索者の持つパッシブ含む異能について掻い摘んで説明してくれた。


 「パッシブというのは探索者が持つ受動的なスキルの総称で、常に発動していたり、特定の状態や状況下で自動的に発動するスキルの事を指すの。あんたゲームとかしない?してる人はすぐに理解できるらしいわよ」


 「まぁ、それくらいはだいたい想像できるな」


 就職してからはあまり触れてこなかったが、昔はよくやっていた。


 幸隆の世代なんてみんなゲームをやってるくらいだ。


 その説明で十分だ。


 「となると、アクティブスキルってのもあるのか?」


 「あら、意外とあなたのような年齢層でも馴染み深いのね」


 「みんなやってたさ」


 「そう。あなたの言う通り、アクティブスキルも存在するわ。これはトリガーワードという言葉を発すると発動が可能よ。そのスキルに合わせて体が動いて技を放ってくれるの」


 「なにそれ怖いし恥ずかしい」


 邪王炎殺黒龍波とでも口に出すのだろうか。


 流石にこの年でそれを声高に叫ぶのは素面では無理だ。


 数年前なら行けただろうが。


 「恥ずかしがってたら死ぬだけだから」


 「そうだよな。はっきりと言わないとな」


 「なに急にハキハキしてんのよ」


 ごもっともな意見に免罪符を得た気分になる幸隆。


 実はそういうセリフを言ってみたかった。


 老け顔が少年心をくすぐられてニヤけているとキレイなお姉さんに気持ち悪がられた。


 幸隆は気持ちが落ち込んだ。


 「だとしても!」


 何が?という呆けた顔をした幸隆を身て、顔を少しだけ赤らめて言い直す杏。


 「ごほん、あなたがパッシブの回復スキルを運良く今日手に入れる事ができたと言ってもそれは結果論!ただのスーツで危険を冒していたことに変わりはないの!」


 幸隆は話を逸らしたつもりも反対意見を言ったつもりもなかったが、杏の言葉はぐうの音も出ない正論だった。


 「家族を養うのにお金が必要なのはわかるわ。でもねそれでもし貴方が亡くなったら奥さんとお子さんは残されてしまうのよ?そんな悲劇を起こさないためにも、一家の大黒柱のあなたは生きてなきゃいけないの。だからね?借金をしてでも装備は揃えるべきなの。それがあなたのためでもあるし、あなたの家族のためでもあるのよ」


 杏にはそれだけ幸隆が無理をしているように見えたのだろう。


 家族を平穏無事な生活をさせるために命をベットする優しい父に。


 しかしそれだとまるで。


 「独身です」


 答えねばならない。


 解かなければならない。


 結婚をしていてもおかしくない歳ではある。


 小さな子どもが至っておかしくない。


 しかし、数日前の未成年探索者の少女、御門 春の幸隆への第一印象もとい、二人称を思い出して真顔になる。


 「あ、あら。ごめんなさい。てっきりそういった理由かと思って……」


 気まずい空気が流れる。


 杏はなんとかリカバーしようと幸隆へのフォローを試みた。


 「ま、まぁ最近は30を超えての結婚なんてのも当たり前だし、結婚が全てなんて事もないじゃない!元気出して!」


 「26です」


 幸隆の顔が死んだ。

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