第12話 瑠奈の不憫かわいい瞑想セッション

瑠奈は以前から、自分の頭の中に住みついている「山田長政」の存在を知っていた。ある日、ソムタム事件以来、突然彼が彼女の心の中に現れ、以来、何かにつけてアドバイスをしてくるようになった。最初は戸惑い、彼の古臭い口調にイライラしていたものの、今ではなんとなく慣れてきている。


「まさか武士が私の頭の中に住みつくなんて、普通ありえないでしょ…」


瑠奈はそう思いながらも、日々の忙しさに追われていたため、深く考えることなく過ごしていた。しかし、心のどこかで、彼が自分にとって必要な存在なのかもしれない、と感じることもあった。


その日、瑠奈がタイの寺院で瞑想を試すことに決めたのは、心身の疲れがピークに達したことがきっかけだった。仕事のストレス、友達関係のトラブル、そして自分自身の将来に対する漠然とした不安。すべてが重なり、彼女は限界を感じていた。


「瞑想とかやったことないけど…まあ、心を落ち着けるのにはいいかもしれない」


友だちの勧めで、早朝の寺院に向かうと、そこは静かで心地よい場所だった。風が木々を揺らし、遠くから僧侶の鐘の音が響く中、瑠奈は少し緊張しながらも瞑想室に入った。すでに数名の参加者が座って目を閉じていた。


「なんか…思ったより本格的だな」


彼女は小さくつぶやき、空いている場所に座って呼吸を整えた。そして、目を閉じて心を落ち着けようとしたその瞬間、いつものように山田長政の声が頭の中に響いた。


「瞑想か…。座禅のようなものだな。お前は心を静められるだろうか?」


瑠奈はうんざりしながらも、頭の中で返事をした。


「また出たよ、山田長政…。黙ってて、今瞑想に集中してるから」


「しかし、お前は瞑想の意味を理解しているのか?心を無にすることがいかに難しいか、知っているか?」


「わかってるってば!でも、今は黙っててくれない?集中したいんだけど…」


「ふむ、集中するのも武士の修行の一環だ。だが、焦ってはならぬ」


瑠奈は内心でため息をつきながらも、深い呼吸を続けた。周囲は静かで、僧侶が唱えるマントラが優しく響く。しかし、山田の声が再び聞こえてきた。


「お前、夕食のことを考えているな?」


「は?なんでわかんの?…てか、黙っててよ!」


「瞑想は、日常の思考を手放し、無心になることが目的だ。しかし、お前はまだ雑念に囚われているようだな」


「うるさい!集中できないのは、あんたが話しかけるからでしょ!」


頭の中で山田とやりとりをしている間も、瑠奈は必死に瞑想に集中しようとしていた。しかし、心の中で武士に話しかけられながらの瞑想は、予想以上に難しかった。


「瞑想とか、私には向いてないかも…」と瑠奈は思い始めていた。そのとき、突然、予期せぬことが起こった。


「ブッ…!」


静寂に包まれていた瞑想室に、瑠奈のおならの音が響き渡った。彼女は一瞬、何が起こったのか理解できず、固まった。


「え…嘘でしょ…今、おならした?私が?…しかも、めっちゃデカい音…!」


場の空気が一瞬で凍りついたかのように思えたが、すぐに周りの参加者たちがクスクスと笑い始めた。笑いをこらえきれない人もいて、静かな瞑想室は一転して、笑いの渦に包まれた。


「もう、最悪…どうしよう…」


瑠奈は顔が真っ赤になり、恥ずかしさで穴があったら入りたい気分だった。しかし、頭の中の山田長政はそんな彼女を落ち着かせるように言った。


「ふむ、これは…予期せぬ事態だな。しかし、恥じることはない。自然の摂理である」


「いやいやいや、恥ずかしすぎるから!寺院で瞑想中におならとか、最悪すぎでしょ!」


「笑いが生まれたということは、場の空気が和らいだ証拠だ。笑いは時に心を軽くする。お前も笑えばよい」


「無理無理無理!こんな恥ずかしいのに笑えるわけないじゃん!」


周りの人たちは、笑いながらも優しげな目で瑠奈を見ている。僧侶でさえも、微笑んでいるのがわかった。彼女は最初こそパニックになっていたが、徐々に笑いが伝染し、ついには自分も笑い出してしまった。


「はは…もう、やっちゃったものは仕方ないよね」


こうして、瞑想は笑いのセッションに変わり、参加者たちはその場の空気に包まれてリラックスしていった。



瞑想が終わり、寺院を後にするころには、瑠奈の心は不思議と軽くなっていた。おならという恥ずかしい出来事が、逆に彼女の心を解放し、リラックスさせたのだ。


「瞑想の効果って、こういうものなのかな…?」


寺院の外で、彼女はふとそんなことを考えた。頭の中の山田長政が再び話しかけてくる。


「どうだ、瞑想の成果は?」


「成果って…いや、おならしちゃったし、みんなに笑われたし、最悪だよ」


「確かに、思い通りにはいかぬこともある。だが、今日のお前は心を軽くした。それが瞑想の一つの成果である」


「うーん、そうなのかな…?まあ、笑ったおかげで、ちょっと楽にはなったけどさ」


「笑いもまた、心を癒す力がある。武士道では真剣さが重んじられるが、時には柔軟さも必要だ。お前は今日、そのことを学んだのだ」


瑠奈は苦笑いを浮かべた。確かに、最初は恥ずかしかったが、終わってみれば心が少し軽くなっていることに気づいた。


「そうかもね。まあ、次はもっと真面目に瞑想に取り組んでみるかな…おならしないように気をつけるけど」


「その心がけは良い。だが、何事も完璧を求める必要はない。失敗もまた成長の一部だ」


「うん…ありがとう、山田長政」


「どういたしまして。これからもお前の修行を見守るとしよう」


こうして、瑠奈は心の中で山田長政との不思議な会話を終え、次の瞑想に向けた新たな決意を胸に寺院を後にした。笑いとともに心が軽くなった彼女は、もう一度瞑想に挑戦することを誓った。


「次はもっとちゃんとできるといいな…」


瑠奈は微笑みながら、静かに歩き出した。

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