オトキさんとの出逢いー3
【鵠沼海岸】
その、オトキさんの身体の線を、目をそらさず見ることが出来る機会がやってきた。アパートの2階の面々が、鎌倉に海水浴に行くことになったのだ。
勿論、僕もメンバーに入っている。「せっかくだから米谷さんとこの子供たちも誘っていいか」とオトキさんに頼んだ。「せやね、一階の人たちにも声をかけたら」と言ってくれた。結局、アパート全員の海水浴みたいになった。米谷さんとこの子供たちは両手を挙げて万歳をした。青山さんに声をかけるのは躊躇したが、「海か、いいなー。行くか!」と思わない返事。
米谷さんとこの主人と、老夫婦所帯を留守役にして、全員行くことになった。一階のあとの住人は、大工の源さん、そして近くの同じ工場で働く工員さん3人であった。3人は20代と若い。
僕は前の日、ほとんど眠れなかった。一階でももう一人眠れない人がいたはずだ。
鎌倉から、江ノ電に乗って鵠沼で降りた。江ノ島は人が多くて、鵠沼海岸の方が静かでいいのだとはオトキさんの意見だった。横浜生まれのオトキさんは鎌倉海岸には詳しかったのだ。
海岸に着いて、2階のお姉さん達の水着姿は太陽に映え、眩しかった。オトキさんの水着姿は言うまでもない。皆はワンピース型の水着だったが、オトキさんはセパレーツ型だった。男性ばかりでなく、若い女性も振り返った。僕は鼻が高かった。 楽しそうにはしゃぐ彼女らを見て、その仕事を当てられる人はアパートの住人を除けたら誰もいない。僕の中に残っていた偏見のかけらも海の波がきれいに洗い流してくれた。
海に入らなかったのは、米谷さんの奥さんと、青山さんと、大工の源さんの3人だった。米谷さんの奥さんは大きな日傘をさして、子供たちの嬉しそうな様子を見ていたし、青山さんはスケッチを始めた。覗くと色がついっていた。いつもの絵と違っていて、水彩画と教えてくれた。源さんは海の家でオトキさん差し入れのビールを飲んでばかりいた。ハルさんに「何で、源さんは泳がないの?」と訊いたら、ハルさんは「ないしょ」と答えて笑った。
お昼は、オトキさんお手製のサンドイッチ組、米谷さんお手製のおにぎり組、二階女子連の巻寿司組と好みに別れてした。勿論ハシゴもOKである。オトキさんと、米谷さんとこの子供たちと、僕とハルさんはサンドイッチ派であった。豪華サンドイッチには、僕の好きなハムも入っていた。
「これは何?」と下の女の子がオトキさんに尋ねた。「チーズ」とオトキさんは答えた。女の子は「美味しいね」と言ったけど、僕は「チョット石鹸臭いや」と小声でハルさんに言った。でもオトキさんを見ながら食べる、サンドイッチはやはり美味しかった。
二階の彼女たちは、若い工員さんたちが入って、楽しそうだった。海で一緒に泳いだり、その内ビーチボールでバレーボールを始めた。僕たちも入った。下の女の子も足のことなど忘れて活発だった。
皆で、オトキさんの持ってきたカメラで記念撮影をした。オトキさんは写真を取るとき、「ハーイ、チーズ!」と云ったので、僕が「もういらん」と言ったら、2階の彼女たちが腹を抱えて笑い、一階の人たちは、「何のこと?」と云った感じで、ポカーンとした表情だった。てんでバラバラな表情が記念写真には写されていた。楽しかった海水浴だったが、さすがに、帰りは鎌倉から東京までは遠く、皆はグッタリ、口数もなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます