第4章ー1 家出 

 家出 



 中学校2年のとき、僕は恋をした。初恋と云うやつだ。完全に異性と意識した。父の反対を押し切って念願の普通科の高校には入れたが、もう妙さんの顔を毎日見ることが出来ない。学校に通う電車の中から、妙さんの通っている学校の校舎の壁に、大きく書かれた『大阪女子商業』の文字が毎日目に入る。女子商業では僕は入れない。

そのころ読んでいて感動した本に手紙を添えて送った。


《学校はどうですか?女子ばっかりの学校は少し詰まんないデス。そういえば、中学のときは隣に田中君の顔がいつもあったね。あったものが無くなるって、少し寂しいものです。ごめんね、まるで人形扱いね。本、ありがとう。頑張って読みます。妙》と書かれた返事が来た。

 それから僕たちは本の貸し借り、手紙のやり取り、たまに待ち合わせて、奈良や京都に出かけた。京都の大原に行った時、〈建令門院〉について語ってくれ、寂光院では「こんな所で静かに暮らせたらいいね」と、妙さんは尼さんみたいなことを言った。

 妙さんの家に本を持って出かけた。出てきた妙さんの様子が何時もと違う。困ったような顔をして、お母さんを呼びに行った。出てきたお母さんは、「お宅のお父さんが来られて、間違いがあってはいけないので、お付き合いはないことにして欲しいとおっしゃったの」と言われ、横で妙さんは困惑した、寂しげな顔をしていた。

「わかりました。すみませんでした」というなり、僕は表に飛び出した。


 悲しいやら、恥ずかしいやら、ハートマークに土足の跡がベッタリ着けられたようで、「父を許せない!」と思った。帰るなり、「何してくれたんや!」と初めて食ってかかった。

「一人前のセリフは自分で稼げるようになってから言ってくれるか」。何時ものセリフだ。何を言っても始まらない。このことがきっかけになったが、父を憎んだのは「戦争で金儲けしている」ことであった。

 あくる日、神棚に祭ってあった前日の売上金を鞄に入れて、学校に行くふりをして家を出てきた。向かった先は東京だ。あても何もあったものではない。大阪駅に行ったら、たまたま出発直前の列車が〈東京行き〉だったのだ。


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