第4話 この子は、不気味だ

 ここからは、俺の父親が営む住居兼鍛冶屋に訪れる常連さんの話。


 *視点が主人公から変わります。常連のある客目線でのストーリーとなります。


 案外、この鍛冶屋はなかなか繁盛しているようだった。

 毎日のように客が訪れる。


 冒険者みたいな格好をした奴もいれば、商人みたいな馬車を連れて買い付けに来る客もいる。


 だが、来る客は大概おっさんだ。

 おっさんの尻なんて見たって興奮しないぞっ!


 若い女性を寄越せ――。


 と思ってたら、案の定来てしまった。


 *


 ロロピカは『世界一の鍛治屋』を謳う『マスタースミス・ヘスファーヤ工房』の秘書だった。

 歳は20代半ばら辺。

 ちょうど、世の男とは?を知り始めた頃。

 簡単にいうと、色々と経験して頃合いの女性だ。


『マスタースミス・ヘスファーヤ工房』は世界中の冒険者たちの憧れの的。誰もが喉から手が出るほど欲しがると明言するほどの凄腕鍛治職人を擁する工房だ。


 そこで作製される武具には、そんじゃそこらの鍛治職人なんかが真似できない仕掛けが施されているそうだ。

 高価で性能は抜群。


 ある貴族は金の力で、『マスタースミス・ヘスファーヤ工房』を囲もうと考えたが、失策で終わったとか――。

 王族のお抱え鍛冶屋とかなんとか――。


 色々と噂が絶えない工房だ。

 それだけ、有名で誰もが欲しがるってヤツだ。


 元々貴族家出身である彼女は、それらしい振る舞いを持ち合わせていて、仕事に忠実だ。

 どこかの公爵家令嬢だったが、そこの当主が没落して公爵の位を無くした。

 そこでロロピカは家のためだと、給仕役として『マスタースミス・ヘスファーヤ工房』に働き出した。


 貴族家としてやっていたが没落して、もう後がないって事で、ロロピカは懸命に働いた。

 どんな仕事も笑顔でこなしていく。


 そんなロロピカを見て、『マスタースミス・ヘスファーヤ工房』の旦那がロロピカを自分の秘書にと、引っ張り上げた。

 そんな家の事情もあり、ロロピカを給仕として雇ってくれた『マスタースミス・ヘスファーヤ工房』は恩人と言っても過言ではない。


 その恩人からの頼みであっては、断れるわけが無い。


 こうした事情や経緯があって、今、ロロピカは『マスタースミス・ヘスファーヤ工房』の秘書として勤めているのだ。

 

 私が秘書として勤め始めて、仕事にも慣れ始めた時だった。

 旦那様からある仕事を仰せつかった。


『マスタースミス・ヘスファーヤ工房』の創設者であり代表の旦那様、ガレオス・ヘスファーヤ 様が修行時代に共に過ごした兄弟子、ハリス・ヴァーデリオン を当工房に鍛治職人として迎えたい。


「俺も長年、鍛治職人として生きているが、あんな腕を持った職人は奴しかいない!どうしても兄弟子をこの工房に迎えたい」


 何故、それがこのタイミングになったかと言うと――。


 旦那様の兄弟子という、ハリス・ヴァーデリオン はある冒険者パーティーに鍛治師として加入してたらしい。


 そこである時、同じパーティーメンバーである『聖女』の二つ名を与えられた ユリア・メンデス と恋に落ち、その後結婚に至った。

 ハリスの妻は今、 ユリア・ヴァーデリオン と名乗っている。


 そして、ここ『ユリハノース王国王都』より程遠い、田舎の『ユーノ村』に移り、夫婦2人で結婚生活を送っているとの事だ。

 その結婚を機に、パーティーから引退して、こじんまりと自宅に工房を作り、武具工房として営んでいるらしい。


 旦那様の命なのだから、この仕事は何が何でも成功させたい。

 と、奮起して『ユーノ村』の ハリス・ヴァーデリオン の元を訪れた。

 妻のユリアは妊娠していた。お腹も大きくなって出産はもう時期との事を知った。

 しかし、諦めるわけにはいかなかった。

 そこから何度も足を運び、旦那様の言伝を懸命に伝えて、なんとしてでも迎え入れたいと――


「妻がもう時期出産するんでな、弟弟子の頼みでも今は無理だ」の一言で帰される。


 私は旦那様からの恩に報いるため、そして私自身諦めが悪い。


 そこからも何度も足を運んだ。



 

 しばらくして、ヴァーデリオン家に子供が産まれた。



 

 ちょうど私が足を運び、再三に渡る旦那様の頼み事を伝えてる最中だった。

 ハリスの妻、ユリアは産気づいた。

 私は出産に立ち会う事になってしまった。

 旦那様の兄弟子だから、出産に手を貸す事にした。

 これも全ては旦那様のため。と思い――。


 無事に出産した。


 私には妹がいる。

 産まれたのは私が物心ついた後だった。

 妹の出産にも立ち会えた。世話もした。


 だから、出産後の赤ん坊がどんな感じなのかは分かる。

 妹の夜泣きには苦労した。何をどうすれば良いのかもわからない。この子は一体、何を望んでいるのか?

 でもきっと、赤ん坊を抱える家庭はこうなるんだろうと感じた。どこの家庭もだ――。


 

 だが、ヴァーデリオン家に産まれた子は違った。



 全く泣かない。


 私は何故か、産まれたばかりのこの子に対して、違和感を感じた。

 産まれてすぐ泣かないのは、何か異常があるかもしれない。妹が産まれるって時にそれを聞いた気がした。だから、妹が産まれた時、わんわん大声で泣いたから安心したのを覚えてる。


 でも、この子は泣かない。

 無表情だ――。

 おっぱいを欲しがる素ぶりも見せない。

 産まれたすぐ後、母子共に体力を多く消耗してるから、どちらも何か飲ませなくてはならないのも聞いた。


 なのにこの子は、おっぱいを吸おうともしない。

 むしろ拒む素ぶりをする。


 異常だ――。


 それが私の脳裏に浮かんだ。


 それでも、しばらくしておっぱいを吸った。

「あうあー、ばぶばぶ」と赤ん坊のように、おっぱいをたくさん吸う。


 さきほど脳裏に浮いた言葉は気のせいなのだろうか――?



 違った。



 そこからもう何度もヴァーデリオン家に足を運んだ。


 その度に泣く素ぶりは見たことが無かった。

 まだ産まれて1か月の赤ん坊なのに、聞き分けが良すぎる。



 異常だ――。



 そこから半年経った。



 ヴァーデリオン家に産まれた子に名前が付けられた。


 アルフレッド・ヴァーデリオン と名付けられた。

 こうして、この家族はその子の事を『アル』や『アルフィー』と呼ぶようになった。


 半年経った今、アルフレッドはハイハイが出来るようになったらしい。


 ユリアは言う。

 どこにだって行っちゃう――と。

 目を離した瞬間、もういない。


 工房の中だって、階段を登ろうとした事もある。


 この前は、工房の中に入り込んで火傷した。


 ユリアの回復魔法でそれを治した。

 その後、また徘徊を繰り返す。


 ユリアと私も、どこに行ったかを探した。

 他人の子と言え、赤ん坊だからそれなりに心配になる。

 探しても探しても発見できない。

 私たちじゃあ見当もしないようなところまで入り込むのだから。



 でも、行方不明になっても何故かいつも家の中で発見した。



 家から出る素ぶりは見た事がなかった。

 不思議と出ようとしない。


 犬や猫と同様に、赤ん坊は外に出たがる。

 それなのに、この子は外に行こうとしない。


 ――何故だろう?



 そのうち、私はこの子を不気味がるようになった。


 この子の目は不気味だ。

 赤ん坊がこんな目を向けてくるなんて――

 いや、考えたくない。


 たまにタイト目なスカートを履いて、ヴァーデリオン家にお邪魔した時だ。

 この子の目はずっと私のスカートを見つめてる。

 珍しいものではない。

 それなのに、ずっと見つめてくる。

 それも後ろ姿をじっと見つめてくる。


 その視線に時折恐怖すら感じる。

 元々貴族家出身だから覚えてる。

 利権や貴族家を利用しようと忍び寄ってきて――。

 うすら笑みを浮かべて……。


 そんな笑みに近い。

 いや、それ以上の何かを感じ取ってしまう。


 だから、不気味なのだ。

 この子は不気味だ――。


 私が移動したり、かがんだりする時は、お尻に視点を合わせて追ってくる。

 そんな視線を感じずにはいられない。

 その視線に私は生理的嫌悪感が押し寄せてくる。


 ハッと振り返ると、アルフレッドがいて……。

 あの時の貴族以上の顔――。


 目尻を吊り上げて、口角は斜めに歪み、鼻を大きく膨らませて、息は荒く……。



 その顔を見てしまった時から、

 この子への感情が変わって――


 怖い。


 になった――。



 それでも、旦那様の兄弟子である ハリス・ヴァーデリオン を、工房に迎え入れたいと言う気持ちに応えたい。


 だから何度もヴァーデリオン家に足を運んだ。


 その度に、待ってたと言わんばかりの視線を浴びる。


 赤ん坊にだ――。


 

 こうして一年くらいアルフレッドに怯えながら、ヴァーデリオン家に通っていた。


 だが、いつからだろう。

 そんな気もどこかに行ってしまった。


 今は、父親の仕事っぷりに夢中になったり、鎚を手にしたり、本に夢中になったりしている。


 たまにぶつぶつと何やら呟いているが、この世界の言葉ではないようだ。

 いや、まったく違う。

 聞いたことのない言語なのだ。


 でも、そんな姿を見ていくと、あの時の嫌悪感が無くなっていく。


 ――普通の赤ん坊なのでは?


 これを繰り返すアルフレッドだが、

 次第にこの子の目に知性が見えるようになった。


 行動も何か意味があるかのように。


 それにしても、この歳で文字を読めるとは思えない。

 それなのにまるで、その本に書かれた難しい意味を読み解いているのでは?と思い込んでしまう。

 この子の様子や姿を見て、そう感じてしまう。


 私の方が異常なのかもしれない――。



 いや、この歳の赤ん坊にしては異常ではないか?

 と、一度尋ねた。


「良いことじゃないかぁ!?賢いんだよ、こいつは!やりたいようにやらせよう」


 いやいや、まだ彼は赤ん坊だ。

 やりたいようにやらせるなんて……。


 本来なら家の中がめちゃくちゃになってもおかしくない。



 それなのに、そうとはならず……


 この子は何かに夢中だ。

 でも、今はこの子の両親がそう言うのだから、見守ろう。



 それでもたまに視線は感じる。


 もう嫌悪感は無いけど――。

 見守るって決めたんだから、それで良いんだ。

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