第46話 後悔する者は、選択しても後悔する(9/11)

 プスプスプスとなぜか一馬と禀は、若いハルピュイアたちに囲まれ、羽根を服の隙間に刺されていた。


 落下した女性。高橋爛子氏を救助するため、翁と無事勝利したアーリアは、穴に降下している。


 援軍とたまたま狩りに出て、クビキリを追っていたハルピュイアたちに、今現在2人は玩具……もとい求愛の対象として、羽根をポケットなどに突っ込まれていた。


「もう、勘弁してくださいよぉぉ……」


「クァ? コココココ、ココ?」


 可愛らしく小首を傾げるが、やめろ恥だと翁が鳴いても聞きやしなかった。


 精霊ブタは2度の魔法行使で、小さくなってつぶらな目を閉じてぐったりとしていて、鼻の穴に羽根をどんどん無邪気に詰め込まれている。


 痛くは無いように見える。彼らは禀よりも小さく、モッフモフで可愛らしい外見である。


 爪の裏でスリスリしてくるし、遠慮なく頬ずり、腕にカリカリ甘く噛みつき身体を擦り付けてくる。 


 しかも、メスオス関係なくである。


 多感な高校生の2人には、色々と当たる豊満なモノに、辛抱強く我慢するしかなかった。


「あ~……やわっかい」


「ホォオ、コッコ、コココココ、ホォオ〜♡」


「不潔ぅ……」


「仕方ないだろ、拗ねるなよ……」


「キュキュ、ホッホホホホホ??」


「…………ばか」


「コゲッ!? ホッコォ……?」


「ホッホ。ホホゥホホホーホゥ」


「ホゥ〜♡ ホッホォ〜ウ♡」


 ちゃんと彼らと別れて帰して貰えるか、不安になってくる頃。骨伝導イヤホンに通信が入った。


〝見つけたで。案の定クビキリ共が居たが始末した。今から引き上げる〟


「真司……彼女は?」


〝無理やった。お前と同じ再生魔法をクビキリで試したが、もう……〟


「…………わかりました。手は?」


〝要らんそうだ。できうる限り回収してから上がる。……よう生き残った2人とも、何もできんで、すまん〟


「そんな事ない、帰るまでが冒険だよ。配信は?」


〝切っとる。今、告知画面で礼文出す。コメントも見てた奴は、追悼始めとるな〟


「お悔やみ申しあげます……」


〝油断せず帰ってくれ。ダンジョン庁から医師と、軍がもう着いとる。今回出れるのは検診後やな〟


「うん。そっちも病院にね」


〝せやな。色々あって、忘れとった〟


 ダンジョン庁からチェンジミストと急遽きゅうきょ、仮称された怪物の被害は、ある意味で甚大だった。


 理屈は分からないが、チェンジミストを目にすると、外見を誤認するようになってしまうらしい。


 さらに最悪なのは機械にも作用し、誤動作を引き起こしている形跡が確認されている事である。


 ダンジョン庁はこれを国連規定に従い、未確認最上級有害モンスターと認定。軍を差し向け、可能な限り痕跡を詳細に回収する令状を出していた。


 しばらく待つと、翁の羽音が聞こえてきた。


 アーリアたちが帰ってきた。背中には、彼女よりも少し小さな袋を背負っている。


 禀は現実感が沸かなかった。とてもあの中に、女性1人分の死体があるとは思えなかった。


「ギシェエエエエ!!」


「コ、コッコ……!!」


 翁が若いハルピュイアたちと顔を合わせた直後に叫んだ。突然の事で、一馬は驚いて立ち上がった。


「ど、どうしました!?」


「身内の恥ダ。袋の中身をよこせだノ。お前たちを飼うだノ。精霊どのにまデ、クァァ……」


「わ〜お。派手にやったねぇ、これは……」


 口を大きく開けて、同族の奔放さに呆れる翁。


 それでもなお、若いハルピュイアたちは媚びるように、彼に羽根を広げて抗議している。


 うるうると目をにじませて擦りつくので、軽くあやすように、くちばし、あるいは口の下を撫でると、心地よさそうに目を細めてくれる。


 素手では決して、してはいけないしきたりだと翁は言う。ダンジョンの外にまで会いに来かねないと彼は語る。


 一羽気の強そうなオスが、アーリアに羽根を咥えてアピールしたが、途中で固まって、控えめに羽根を渡しただけで引き下がっていた。


「はは……、日本のハルピュイアたちはヒトナーだからね。特に変わったレアな人間は、飼いたがるんだよ」


「ヒトナーって、何ですか?」


「ホー……何に例えれば、一番的確かの〜ウ?」


「お酒とか煙草、ゲームもかな? 怪物にとって人間って、その、恋人とか家族にしたがる以前に、快楽を感じるから、幸福度を上げる物なの」


「幸福度……?」


「代表的なのはハルピュイア、ワーの付く獣人たち、ミノタウロス、あとはオーガも一応かな」


「個体差や群れで違いは多イ。あてにはせんホーが良いだろウ。……あとハ、携帯端末とやらカ」


 翁は既に、一馬の折れた爪を受け取っている。


 戦闘中の偶然ではあったが、一番長い爪であるし、形も悪くないので彼は了承してくれた。


「予備のパッドと、手回し式の充電器しかありませんが、これでよろしいでしょうか?」


「十分ダ。色覚が淡い者も多イ。大きい方が良いしのウ」


「アーリアたちの連絡先が入ってるから、大事に使ってね」


「無論。祭壇の巫女たちに任セ、おヌシの髪共々、女神像の前デ、神聖に扱うと誓おウ」


「えっと、そこまでは……ま、良いか、じゃ、達者でね」


「う厶。次は手伝わんゾ」


「アーリアだってもう出来ないよ、手段が無いんだもん」


「次は襲う側で無いことを祈ろウ。キィイイ!!」


「クワワ!!」


「ホォオォオー! ホケックォウォウォー!!」


「コホー、……サヨナラ?」


「あ、うん……またね?」


「マタネ? ……マタネ、マタネ、カズ、アリーリリン!!」


 一馬が最後に挨拶したメスは、きっと言葉の意味など少しも分かっていなかっただろうが。


 どこか他のハルピュイアたちより気持ちよさそうに、振り返らず飛び立って行った。



◇◇◇



 ダンジョンの外は、春先にしては珍しく雨の多い荒れた天候で、案の定騒然としていた。


 傘を差したマスコミと、野次馬を止める地元警察と派遣自衛隊が遠く見にえていた。


「あーあー……、青空が沁みるでしょって、禀さんに言いたかったのに、……酷っい天気だぁ」


「先生……」


「ごめんね禀さん。もっと楽しい冒険になるはずだったのに。こんな……」


「いえ…………」


「だけど、ダンジョンに挑めば必ず何か失う。今回は量が多くて、間が悪かっただけでもあるんだよね……」


「でも、アーリア……!」


「そうだね、でも、それでもって思える、思う気持ちは大事だよ。大事なんだ……忘れないでね」


 アーリアたちは最速で医師に検査され、2週間後に再検査を言い渡されると、マスコミたちから隠れるように帰還することになった。


 裏道を知っているアーリアの提案で、折りたたみ傘をさして、しばらく3人で歩いていた時だった。


 唐突にアーリアのスマホに呼び出しがかかってきた。スマホに表示された名前は、本庄。


 ガン・ハンターズのメンバーからだった。


「はい。もしもし。佐藤です」


〝お疲れだ。佐藤氏。本庄です〟


「お疲れ。そっちは大事無い?」


〝軽症だがおかげ様で全員、無事帰還した。……この度は、なんと申して良いか……〟


「似合わない敬語止めてよ。いつも通り、恩に思ってくれれば良い。……あの子のこと?」


〝ああ。一言、礼と謝罪を、とな〟


「今、話せる?」


〝今は注射を打って貰って、眠らされている。過呼吸を起こしてな。医師の判断だ〟


「わかった。なら折を見て、これだけゆっくり伝えて。「許さないよ、許さないから、あんなこともう、誰かに言っちゃダメだよ」って、……それだけ」


〝了解した。必ずいつか伝える……また会おう〟


「うん。元気で」


「誰から、アーリア?」


「ガン・ハンターズの本庄から。サヤ……ちゃんだっけ、……お礼の電話だけ、だよ」


「そっか、うん」


 湿気が強く、アーリアは癖で、ベール内部の長髪を直そうとした。もう髪は無く、何も当たらなかった手は空を切った。


 空を、見上げる。透明傘に落ちてくる陰鬱な雨に、容赦はない。天高くから降り注いで、当たり前のように砕けて雫になっている。


 ふと、ここで話すべきだと、アーリアは感じた。


「生き物の殺し合いについて、2人は、どう考えて、どう感じてる?」


「え? 殺し合いについて、ですか……?」


「うん。率直に、よければ聞かせて」


「僕は、できれば殺したくないし、考えたくない、かな。忌避感があるよ」


「わ、私は、その……気持ち悪いと、思います。昔、故郷で動物の遺体を見てから、ずっと……」


「他には? 本音じゃなくても良いよ」


「……こんな事はいけないことだけど、襲って来てやり返したら、スカッとする時もある、かな。力比べを制すると、楽しい気持ちも」


「この前アルミラッジを蹴った時は、すっごくカッとして、無我夢中で……」


「うん。アーリアも概ねおんなじ。でもね。生き物を殺す時の感覚って、究極的に、とても高いところから、落下させる事に近いの」


「どういう事だい? アーリア?」


「お相撲さんってあるじゃない。アレの土俵部分以外が、底が見えないくらい、とてもとても深いと想像してみて。……実戦って、それに近いの」


「うっ……」


 禀は想像して、ろくな言葉が浮かばないほど実感した。今回攻撃した、たったの2回。


 アタマが瞬時に真っ白になるほど必死で、何も考えられなくなって、自分の声すら聞こえず。


 終わったあとはしがみつくように杖と精霊ブタを力いっぱい握って、ずっと離せなかった。


「禀さんは頭の中、透明で真っ白だったでしょ。試合が相撲だとすると、アレも相当過酷の極みだけど、生死が関わるならそれが答え、かな」


 一馬には理解できる話だった。自らを犠牲にしても、嘲笑うように殺しに来るクビキリたち。最後まで叫ばなかった、偽物のアーリア。


 本当に殺す事しか考えていないような、驚異の生態。いや、まさに怪物性とでも思うしかない、行動と実感。


 だからこそ一馬にはなんとなく、アーリアが言いたい事が見えていた。


「どんな手を使っても、落とした方が勝ちだって言いたいの、アーリア?」


「というよりそもそも、この地球上で「位置について、ヨーイドン!」で殺し合いしてくれる生き物が、どれくらい居るのっていうか……」


 わかりやすい言葉を選んで、アーリアは考えながら、ポツポツと殺意の真髄について語る。


「クビキリたちはそれを突き詰めた生き物。もう狂ってるとしか、私でも思えないほどだね」


 甘かったのだと、禀は痛感した。同時に負けてなるものかと、少し火が付いた。


「アーリア、先生」


「何かな?」


「ゴールデン・ウィークが終わる前に、私について、大事なお話があります」


「…………良いのかい、禀」


「もう、後悔したくないから」


「あのね禀さん、それは違う。正しいけど、間違ってる」


「間違い。ですか、……正しいのに??」


「後悔する生き物は、何を選んでも、どこに行っても後悔するよ」


「…………それは」


「今答えを決めなくて良いの。でも、なぜそうなるのか。いつか、答えを聞かせてね。2人とも」


「……はい」


「うん。後悔、か……」


 雨は、まだ止まない。アーリアも安易に後悔について、話さない。


 いつか、この曇天の空模様のような後悔が、晴れれば良いと、祈らずには居られなかった。

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