第45話 ゴールデン・コラボ(8/11)

 まだ、呼吸はできると、身体が感じた。

 自身でも呆けたままの思考を残し、アーリアは無意識に杖を向けた。


「先生!!?」


 最も頼った雷撃が、光の速さで攻める。


 不気味な薄布をすべて消し飛ばすはずだった一撃は、強引に割り込まれた氷の腕ごと、薄布の一部を吹き飛ばしていた。


〝光った!? 〟

〝先生!? 〟


〝まだ、やれるのか〟

〝逃げ、うん? 〟


〝センセ! 聞こえとるんかセンセ!! 後ろの連中が倒れかけてブレた!! おそらく……! 〟


「アレが、本体じゃナ!?」


 全員の目線が一瞬で交差する。目を見ただけで、この土壇場で呼吸が合う。


 退くか、攻めるか。火がつき、たぎりきった戦意に、これ以上無い脅威と勝機に。言葉は不要だった。

 

「任せた!!」


「このぉロオオオ!!」


 一馬が変身も待たず、謎の女が纏う薄布目掛けて飛び掛かる。


 惜しくも間一髪上に回避され、そのまま壁に張り付くと、浮き出てきた化け物たちと同じように、壁に溶け込んで逃走してしまった。


「グッ……!」


「匂いハ!! 分かるかクマ雛!!」


 すんっ、と促されるまま嗅ぐと、明らかに壁の中を同じ匂いが移動している。


 一馬は壁沿いに向けて爪を向けた。


 クマの嗅覚は恐るべき事に、犬の嗅覚の6倍に相当する。

 犬が匂いの夢まで自在に見るならば、クマは死の気配さえも、どれだけ離れても嗅ぎ分けるのだ。


「が、ぁあああああ!!!」


 弾けるように禀と分かれたアーリアは、死の淵から這い上がるように、謎の女たちに迫る。


 手を鉤状に構え、バランスを取る。


 空そのものを掴み、雄々しく駆け抜けるような、躍動を折り込む蹴り。


 勢いの膝、しなる足先で二人。浮いたままさらに身を捻り、空中で返す二連撃で四人。


「おおおっっっ!!!」


 発する力。動かぬ内のわずかな勝機1つ取りこぼさず、極限まで冴えた感覚だけを頼る。


 ウルミごとひねり返し、まるで尾の先で切り裂くように、さらに四人。


 窮地きゅうちにて、彼女は己を解放させた。


〝す、すげえ……〟

〝飛びかかっただけで、8人も……〟


〝強い〟

〝いや、頭に血が昇ってねえか、先生〟


「すごっっ……精霊さま!? きゃあっ!?」


「呆けるナ!! 勝機はここしか無イ!! 追ウゾ!!」


「で、でも先生が!?」


「援軍は来ル!! 何より追わねバ、全滅ス!!」


 既に四肢を繰り出し、駆け出していた一馬を追う。禀は精霊ブタに必死にしがみつき、アーリアに振り返った。


「先生! ご無事で……!!」


〝逐一状況は知らせる!! 急げクマ吉ィ!! 〟


 壁の少ない上階までは遠い、だが敵にも余裕はない。


 明らかに壁の中にいる間、匂いの気配が弱まっていく事を、一馬の冴えた鼻は嗅ぎ分けている。


「くっ……!?」


 一馬たちの姿が見えなくなった頃。ようやくアーリアそっくりの化け物たちが、動き出した。


 既に30回近く強引に砕いた。それでも徐々に再生し、布付きではなく不格好な身体ではあるが、構えを取り始めている。


「(再生する。多勢に無勢。頭は動く、目はチカつく、息は止める。手先に血が足りない。痺れてる。だるい。長期戦は無理。つまり……)」


「最高、だねェ……!!」


 戦闘の高揚など、とうに忘れかけていた。


 この数百年。ずっと人を守る技を磨いてきた。

 拳の開き方を忘れる程に、夢中に。


 足を開き、腰を入れ、拳を開き、指を折る。

 指先を威嚇するように、敵に向ける。


 火が付いた心を示すように、血流が激増。彼女の周囲に、たてがみのような蒸気が漂い始める。


 象から獅子の型、戦士、生き物として解放の姿。


 遥か過去のルーチンワーク。己をずいからさらけ出す。人を守るためでなく、生き物を狩る百獣。


 不格好なまま、蹴りが迫る。技のキレは鋭い。

 

 「ふぅん!!」


 蹴りよりも早く懐に飛び込み、アーリアの折り込んだままの指が短く伸び、目を貫く。


 貫いた指を鉤状のまま眼窩がんかに引っ掛け、手を水平に伸ばし始めていた1人に投げつける。


 爆発。氷結。手を水平に構えていた方も、投げつけられた方も、粉々に砕け散った。


〝うわっ……〟

〝人体に使って良い技じゃ無え……〟


〝構え、可愛いくらいなのに、怖ェ……〟

〝獣だ、ケモノが居る〟


 まだ再生途中の全員が、手を水平に伸ばす。

 ウルミが宙を走る。杖に触れ、魔法が舞う。


 手首を模した氷像が、砕け、飛ばされ、無残に散る。


 どう動けば良いかは双方分かる。理解できる。

 だが、謎の女たちはぎこちない。捕まえる事すら、上手くできない。


 模したアーリアの手足は短いのだ。捕まえる事にも、囲む事にも有利では無い。


 そもそも、大勢の自分でたった1人の自分を襲った経験は、たとえ彼女の経験をすべて模倣できても皆無。


 精霊の加護もウルミも無く、当然なまでに初挑戦である。


 対して、アーリア単独での対多数戦は、数千年以上の絶対的な経験値がある。


 予知することだけはできる。だが状況から来る強みとしての厚み。基盤が違いすぎる。

 猿真似や写し鏡では、どこまで行っても飢えた獅子は破れない。


 まして本体である布は、大幅にアーリアの初撃、追撃で、力を大きく削がれている。


〝こうなりゃヤケだ! やっちまえ先生!! 〟


〝そうだ!! 偽物になんか、負けるな!! 〟


〝がんばれ!! がんばってくれ! 先生!!〟


〝せや!! みんな応援しとる! 負けんなセンセェ!! 〟


 声援にも熱が入る。時間経過は確実に化け物たちの味方だが、眠れる獅子に火をつけ、半端に模倣してしまったからこそ、らちが開くわけが無かった。



◇◇◇



 駆ける、駆ける、駆ける。

 匂いはどんどん弱まっている。まるで水中を無理矢理進むように、生命の匂いは小さくなっていく。


「(極端に遠ざかってるわけじゃない! これなら確実に、この先で顔を出す!)」


 追い詰めている。追い詰められている。何度も踏み込む右手の爪が1つ、異様に熱い。


 体中の熱に当てられるように、ドクドクともう一つの心臓のように、中指の先が、熱い。


 通路の出口が見える。そこから先に壁は無い。異様に血なまぐさい異臭。視界の隅に、白。


「ガァッ……!?」


 並走する白。数匹のクビキリが、必死な形相の一馬を嘲笑うように、口を歪ませ飛び掛かる。


「(くそったれッ……!)」


 鋭く赤い爪が一馬に触れる、その寸前。


「グォ……!?」


「ゲピッ!?」


 彼らの天敵が三羽。音もなく強靭な足の爪で、クビキリの爪ごと砕いて、空に連れ去った。


「ギェエエ、クゥオア!!!」


「ありがとう、ハルピュイアさんたち!! カズくん!!!」


「行くゾ!! クマ雛!!」


 「(見つけた。後ろは崖。壁も無い。もう逃げ場は無い。奴が再び沈む前に、ここで絶対に、仕留しとめる!!)」


「グゥロロロロロロォオオオオオオオ!!!」


「…………!?」

 

 再生は不完全。追ってくる事は、模した能力。合理的に想定外。激しい動揺に、姿勢が崩れる。


 辛うじてアーリアと判別できる身体で、振り上げる拳と、振り下ろす爪が交差する。


 一馬は根本から中指の爪を1つ折られ、謎の女は右腕を砕かれ、身体を吹き飛ばされた。


「グッ……!?」


「アァッッッ!?」


 悲鳴。勢いの分、体重の差だけ一馬の一撃が勝った。だが身体に巻き付く布に、届いていない。


 女が水平に構える。迫り来る確実な死。


 ガチリと。窮地きゅうちに反応し、己の中で何かが弾け始め、撃鉄のように噛み合う。


「今ぁ、です!!」


「ギィアアアアアアアアアアアアア!!!」


 追いついた禀と精霊ブタの、渾身の魔法。


 勢いのまま翁が絶叫と共に暴風を起こし、岩雪崩の暴風となって、謎の女に襲いかかる。


 ブツリと何かがキレた冷徹な頭で集中し、岩の嵐を恐れず足場に飛びつく。


 上下左右。縦横無尽に飛び回り、体勢を崩した謎の女を捉える。


 壊した爪が熱い。絡み合い弾け続ける灼熱の本能に従い、すべての力を、幻痛暴れ狂う爪先1つに束ねた。


 まるでそれは中指の先に宿った、黄金の鎌のようだった。


「失せろ。お前に最強かのじょは、届かない」


 無理な体勢でも、深みの音が鳴る。迫りくる力の本流を、黄金色の轟く雷爪1つが蹂躙じゅうりんし、何よりも重く、鋭く、縦一筋に切り開いて行く。


「おぉ、ぎ、あああああああああ!!??」


 怪物は一馬を今一度認識し、恐怖した。


 模倣もほうした経験。自身の消失。存在への渇望。驚愕する何か。理解不能。想像不能な概念。


 一切、妄想の余地すら残されない、死。


 この世に初めて生み出されたかのように泣き叫び、借り物のノドで絶叫し、ただ我無者羅がむしゃらに生を求めた。


 崖から落下し、視界ごと左右に切りけれられる。


 赤々と冷徹に輝く灼熱の双眸そうぼうだけを見つめて、怪物は粉々に落下して行った。

 

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