第44話 窮地(7/11)

 アーリアが駆け出すと同時に、鏡合わせに謎の女も動いた。


 考える前に、一馬は彼女の背中を追えた。目の前で彼女が踏み込み、足と足が交差する。


「ふぅうん!!」


「…………」


 余波だけで家屋かおくが消し飛び、中心地であれば高層ビルが将棋倒しになるような、とてつもない衝撃波が走り、ダンジョンを大きく揺るがす。


「ギ、ォ……!」


「わっ、わっ、わっ!?」


 禀も翁も思わず大地にしがみついた。砕けたのは、氷の足。アーリアの足が競り勝った。


〝戦闘!? 〟

〝コメントどうなってんだ!? 〟


〝お、俺じゃない、パソコンが勝手に……!? 〟

〝な、なんだってんだぁ!? 〟


〝スマホに切り替えろ! パソコンの電源を切れぇ! ハッキングされてるぞぉ!? 〟


〝ハッキング!? いつ!? フェイクじゃねえのか!? 〟


「はっ! あぁああ!!!」


 揺れる地面の中、巨大化したクマの足で一息に踏み込み、謎の女に追撃をかける。


 一馬が繰り出したのは、ねじ込むように身をひねり、心臓を狙っての軌道。


 この一ヶ月、師であるアーリアと共に研鑽を重ねた、爪を打ち鳴らす。必殺の一撃。


「…………」


「なっ、おお!!」


 見覚えのある構え、踏み込みだった。

 一月前、シルバーを指一本で投げ飛ばした技。

 

 鮮明に思い出せる先達の美技。共に研鑽を重ねた技だからこそ、一馬は接触点をわずかにずらし、謎の女を爪で引き裂いた。


〝入った!! 〟

〝片手飛んだのに、血が出てねえ!? 〟


〝表情1つ、変えてねえ……〟

〝今の構え、マジか……〟


〝聖さんどないしたんや!? ワイ真司やで!?〟

〝真司くん? え、どうなってるの、なんで真司くんが、戦ってるの!? 〟


「いけない、カズマくん!!」


「精霊ぃ、さまぁああ!!」


 巨大化した精霊ブタが禀を跨らせつつ、彼女が必死に涙目で振りかざした杖に呼応して、岩の濁流を生み出す。


「ぐぁっ……!!?」


 一馬の目の前で氷の爆発と、岩の濁流がせめぎ合う。

 激しいぶつかり合い、大きく後ろに下がりながら、飛び散る氷の向こう側で、一馬は見てしまった。


 謎の女が、腕を水平に伸び切って構えている。


 ゾワリと一馬の脳裏に、無残に潰されたゴブリンたちの死に様が駆け巡る。


〝まさか……! 〟

〝おいマジか!? 〟


〝嘘だろ……!? 〟

〝やべえぞ! 星潰しだ!!? 〟


〝それまでパクれんのかよ!? 〟


「くっ……!?」


「いかン! 雛たちよ、しがみつけイ!!」


 アーリアも遅れて、同じように構える。


 翁は怖気の走る破壊の気配から、吹き飛ばされた一馬ごと、禀と精霊ブタを抱えて飛び上がった。


 一拍。ただ異様に長い、一拍。音が存在し無いと、錯覚しかねない世界。


 水底を叩く、深みの音。真なる力と力の本流が、先程とは比べ物にならないほど、衝撃を生む。


〝画面が!? 〟

〝クッソ、ドローンだよな!? 揺れすぎだろ!! 〟


〝フクロウさん!? 〟

〝うわっ、割れたぁ!?〟


〝嘘だろ、耐衝レンズのはずだぞ……〟


「ギッィイイイイイイイイイイ!!??」


 空間ごと荒れ狂う衝撃の本流に、翁は怪物特有のノドを絶叫しながら、羽毛を飛ばされる。


 高層ビルであれば、根本から粉々に吹き飛んでいく余波に叫ぶ余裕もなく、一馬たちは必死に抱きかかえてくれる腕にしがみつく。


 大きく吹き飛ばされ壁に激突する直前。翼を折りたたんで転がり、どうにか骨折は防いだ。


 翁が地面に落ちて、しばらくがたった。

 アーリアの居た場所は霧に覆われ、全員動かない。


〝い、生きてるか!?〟


〝ダメだ。ドローンも衝撃で、壁に引っかかったのか? 〟


〝生きてる! 動いてる!! 〟


〝先生!! 先生は!!? 〟


〝センセ!! クマ吉起きろォ!! 清水!! 〟


〝ちょっと、何がどうなってるのよ!? 〟


「賢老さま! しっかり!!」


「クァ……これほど、とワ……」


「アーリアぁああ!!!」


 霧が晴れた。アーリアは血溜まりの中に沈んでいる。両手両足はズタズタで、原型や骨が残っているのが奇跡だと思えた。


 駆け寄って抱き起こすと、気絶してぐったりと反応せず、わずかに血を吐き出した。


「奴は……?」


 粉々に砕け散ったのか、氷も謎の女の姿もない。気味悪く布だけが、ひらひらと宙を舞っている。


「アーリア、ごめん……!」


 一馬はいつもアーリアがポケットに入れている樹の実を取り出して、口で噛み砕き、水筒から水を口に含んだ。


 一瞬だけ一馬は躊躇ためらったが、顎を引いて口づけの要領で、後頭部を押さえつけて飲ませ始めた。


「んっ……うぅ……んぐっ……んんんっ!!?」


「ぷはっ、アーリア、気がついた!?」


「なん、とか……誰ぇ、あんな、バカな技思いつい

たの………………、私かぁ……」


〝先生!! 〟

〝先生、生きてたぁ……〟


〝キ、キス……〟

〝人工呼吸、いや、吸入やって〟


〝死んだかと……〟

〝くっそ、なんだったんだアイツ! 〟


〝バケモノかよ。最初別の姿だったよな? 〟


〝巻き戻して見てるが、なぜか、落下した高橋爛子氏に似てるぞ?〟


〝モンスターだったのか? いやしかし……? 〟


「翁、飛べる……?」


「おヌシよりマシダ。翼は守った。だが、なんだったのだ、さっきのハ……?」


「わかんない。聖さんは、とりあえず病院に……」


〝ハッキングは? 〟


〝わかんね。ソースコードに異常が出てる。なんだこりゃ? 〟


〝なんでさっきから、父ちゃん戦ってんwww〟


〝やっぱりフェイクなのか? 〟


〝センセ。とりあえず聖さんは目を閉じてもろて、病院までタクシー呼ぶ。ドローン再起動かけるで、……身体は無事か〟


「動くよ、血が足りないけど、……動、かなきゃ、デストルドーが出るかも」


「肩を、先生」


「行こう、アーリ…………嘘、だろ」


〝は? 〟

〝おい、お、いおい……〟


〝なんで〟

〝逃げろ! 逃げてくれ先生!! 〟


〝うそだ、ありえねえ〟

〝逃げろぉおおおおお!!! 〟


 アーリアたちが歩いてきた方向に、地面から浮かび上がるように、半透明のアーリアたちが、次から次へと現れている。


「ひぃぃっ……!!」


 反対を向いていた禀が悲鳴を上げた。氷の人体を模した塊が、薄布を纏って、起き上がろうとしている。


 見れば、向こうは失った身体が、アーリアの姿に、少しずつ再生を始めていた。

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