第43話 怪物(6/11)

 アーリアは挨拶を行い、緊急事態に配信する事を謝罪し、騒然となるコメントと通知をなだめた。


 その上で、目的地に急いで向かいながら、配信する事。

 翁との交渉の成功を説明し、生徒リスナーたち協力のおかげで救出プランが最速で整ったことに、深い感謝を示した。


〝だ、だからって、そこまで……〟

〝完全に尻拭いやん〟


〝指示して煽った連中、謝罪しろよ。流石に〟

〝ごめんなさい。先生〟


〝ガン共め〟

〝あんな綺麗な、髪だったのに……〟


「助けたくて強がっただけだよ。ガン・ハンターズの人たちを叩くのは望まない。許したくなくなるからしないで、お願い。……可愛げのない先生で、ごめんね?」


〝そんなことねえよ! 〟

〝やめてくれよぉ……〟


〝先生もう危ないことしないで……〟

〝しかし、モンスターと、か……〟


〝最初から怪物とグルなんじゃねえのwww〟

〝ただ髪切っただけじゃん、何騒いでんのwww〟


〝今のは削除して通報したで、センセ〟

〝良いわよね? 〟


 骨伝導マイクを軽く叩いて返事を返す。そのまま続けようとしたが、ヌッと翁がカメラの前に白貌はくぼうを突き出した。


「カイブツなどト、人の枠組み臭い呼び方は止めて頂こウ。我らは等しく翼に誇り持つ者。根の上に身を落としても、叡智と技芸の末裔なれバ」


〝お前ら、ハルピュイアは密猟禁止モ……種だぞ?〟

〝最悪死罪、無期懲役だっけか? 〟


〝おおうっ、スゲえ迫力と声だ〟

〝カッコいい〟


〝可愛い、ガバって抱きつきたい〟

〝そのまま潰されそうだけどな……〟


「人の雛たちヨ、礼節とはわきまえるもノ。しからば我でなければ決闘ゾ? ギギッ……それと、異形は時に愛らしく、あるいは醜悪に甘ったるく「誘う」物ダ。夢々忘れなさるナ」


〝し、親切だ……〟

〝は、はい〟


〝紳士だwww〟

〝画面の毛量がすごいwww〟


「ホ? この鳥の羽ばたくようなマークはなんダ?」


「あー……英語ってわかりますか? その内の1つで、笑いを示すスラング……俗語です」


「ゾクゴ。敵国の文字カ。形が実に良い。ホホホハホホホ。気に入った」


 一馬が説明すると、機嫌良さそうに翁は喉を鳴らして、顔と長い首をゆらゆら揺らし始めた。


〝好奇心旺盛なんだ〟

〝ノドもデカい〟


〝なんか、禀ちゃん不機嫌そうじゃね? 〟

〝どした委員長〟


「なんでも無いです……」


「色々思うように、できなかったからさ。それで……」


〝なんだありゃ? 〟

〝光ってる玉と女の人? 〟


 高度を取っていたドローンのカメラが捉え、視聴者リスナーたちが、最初に気がついた。

 

 まっすぐ緩やかに登る道で、薄ぼんやりとした輪郭の女性と、アーリアは目が合った。


 ぞあっ……とした。


 翁も、全身の毛穴が広がり、羽毛が総毛立つ。


 幾千年ぶりに、アーリアは汗を逆立たせた。


 最高速。見切られないための、等速による移動。


 踏み込む足では遅い。軸足一つで間合いに届く。生き物の認識外から、踏み込む。


 美技などと言う児戯じぎではない。力任せなどと言う蒙昧もうまいですらない。


 毛筋1つ残さず、徹底的に無駄をはいし、極限まで効率化させた。因果の上書きすら引き起こす。この世ただ1つの絶技。


 この時点で、彼女アーリアのできる最善最良の「駆け引き」を、完全完璧に手繰りよせた。


 目にするだけで、耐えられなければ致命の猛毒。


「ジィイイイイ!!!」


 野性のカンを遥かに越えた、幾千幾万の戦闘経験が呼吸を即座にアレンジし、吐き出す息ごと鳥の悲鳴のように、辛うじて翁に指示を届けた。


「承知しタァ!!!」


「うわっ!!?」


 翁が背の大翼を広げ、すぐ側の一馬と禀を覆う。


 彼の返答よりも一瞬早く、アーリアの手刀は敵の左手、左足、そして巻き付いている、不気味な薄い布の一部を、切り裂くように消失させた。


「……っ!!?」


 寒い。そう感じた瞬間、アーリアは断ち切った手を勢いのまま腰の杖に伸ばして、自分ごと無理に風の魔法で吹き飛ばした。


〝えっ〟


〝何か居なかった? 〟

〝え、先生は? 〟


〝こうであれば、昔シェイクスピアは不意にこう言いました「お前は熊からのがれようとしているしかしその途中で荒れ狂う大海に出会ってもう一度獣の口のほうへ引きかえすのか?」みんなにもこの言葉の意味をちゃんと味わわせようと思い〟


〝消えた? 〟

〝え、なんで落ちた人ここに居るん? 〟


〝こんな問題に対面している時昔アラン・シリトーが言った「「運」ってやつはたえず変わるいま後頭部にがんと一撃くらわせたかと思うと次の瞬間には砂糖をほおばらせてくれたりする問題はただひとつへこたれてしまわないことだ」短いながらこの言葉は私に様々な考えを持たせる〟


〝戻して停止して見ろ。なんか居たぞ!? 〟

〝なんだ、今のカァンって音? 〟


「くっ……!?」


「敵襲ダ、……しっかりいたセ!!」


「は、はい、……先生!!?」


 限界重力加速度ブラックアウトに近い速度で弾け出されても、片手で受け身を取り、アーリアは凍結の危機から脱した。


 かき乱された世界は、でたらめに白。真の脅威は他人に説明するいとまなど与えない。


 目の前には高く一瞬で爆発、凍結した玉座のような氷が、霧に包まれて見下ろしている。


「くっ……!」


「なんだってのさ……!?」


 禀は震える手で杖を構え、一馬は悪態を付きながら、急いで変身した。


「ごめん。絶対に逃がさない事を最優先した」


「我でもそうした。……来るか」


〝なんやこのコメント!? 〟

〝え、湯本さん? 真司くんは?〟


「聖さん! ダンジョン庁に緊急連絡!! チャンネル右上からできるから、急いで!!」


〝センセ!? どないなっとんや!? 機械の故障か!? 〟

 

「わかんない! 見たことは!?」


「無イ。だが、間違いなク……」


 霧が晴れる。低く、氷と氷がぶつかる音。そこに立っていたのは。


「アー……、リア……?」


「…………バケモノ、ダ」


 切り離したはずの手足を、氷で同じように継ぎ足している。


 半透明の肌を持つ、彫刻のような表情。目の前に居るのは髪が長いままの、アーリアそのものだった。


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