第41話 愛しさしか、分からない(4/11)

 彼らが休憩に入ったのは30分もも歩かず、下階層の入り口に辿り着いた頃だった。


 鍾乳石しょうにゅうせきと大きな木の根が、揃って逆立つように斜めに伸びていて、根には椅子のような、鮮やかな紅いカサのキノコが生えている。


 アーリアは遮音、認識阻害の魔法を施した。


 さらに念のため、二重に結界魔法を厚く張り、警戒用の探知魔法も多めに施し、安全に休憩できる場所を構築していた。


「状況はどう? 聖さん」


〝ダメね。みんな混乱してるし、便乗して誤情報フェイク流してる輩もいるわ。〟


〝被害者晒して、センセたちの顔写真と合わして、ヘタクソな合成流してる、片棒担ぎまで沢山いやがる、胸糞悪い……! 〟


「売名行為って書かれても一旦無視して。お願い」


〝センセ。それは……! 〟


「お願い、余裕はあんまり無いの」


〝わかったわ、気負いすぎないで。……終わったら飲みましょう〟


「うん、何かあったら、連絡をお願い」


 結界魔法を構築し終えて、アーリアは一馬と禀の元へ戻ってきた。


 今は少しでも各機械の余力を残すべきだと、配信は申し出て一時停止している。


 一馬は張り詰めた顔こそしているが、死者や窮地には経験がある。動揺こそしているが、移動することに支障は無さそうだった。


 問題は、禀の方だった。先ほどから軽く浅い呼吸を繰り返して、ブツブツ呟いている。


 明らかに悪い傾向けいこうである。一度時間を置き待機してしまった事で、状況に心が追いついてきた。


 目の前に叩きつけられた。誰か、あるいは自分の死という抱えきれない可能性に、押しつぶされそうになっている。


 アーリアは確認のために禀の手を取ろうとしたが、精霊ブタが割って入って止めた。


「精霊くん……?」


 彼はうずくまる禀に対して、トテトテトテと愛らしく距離を取って離れると……。


「ぐっはぁあー!?」


「あらら」


 思いっきり駆け出して、後ろ両足を使った容赦ないロケットキックを、禀の背中に喰らわせた。


「な、何するんですか!?」


 そのままグイグイと禀の身体を、下階層の入り口に押し出そうとしている。


 必死で健気な姿に、禀は何も文句を言えなくなってしまった。


「精霊、さま……」


「禀さん。カズマくん。……どうする?」


「僕は進むよ。当初の目的も果たしていない。目的地に行けば、彼らに協力を得られるかもしれないんだよね?」


「確約はできないから。やらないよりはマシ、とは言えないんだけどね」


「……行きましょう。今引いたら、もう戻れなかったり、取り返しのつかない事になっちゃう気がします。ですよね、精霊さま?」


 つぶらな瞳で精霊ブタは禀に向き合うと、答えるように何度かまばたきを返していた。


 軽い食事を取り、結界を出て、入り口から1時間ほど洞窟の道を歩いた。


 突き出た岩をキツくめるように、樹木の太い根が巻き付いている。


 時々、岩の陰や根の隙間に、丸く平たい花、あるいは椅子のようなキノコや、段差にわざと積み上げられたような、動物の骨が散乱している。


 ぼうっ……と、淡い光が飛び込んできた。ツタの生い茂った崖下。洞窟のさらに奥、篝火が道に点々と続いていた。


「アーリア。ここが?」


「うん。ハルピュイアたちの住処。菌糸類階層きんしるいエリアだよ」


 背に翼持つ。あるいは手が翼の形をした、人に似た生き物が2匹。


 こちらを特に気にせず太い根の上に居座り、仲睦なかむつまじく毛づくろいしている。


「…………えっ、フクロウ?」


「人に近いデザインのバクティちゃんを見慣れてると驚くよね。アナフクロウに似てるもん」


 丸い。ふわふわの毛に覆われている。


 自身の羽毛で作ったのだろうか。むき出しの羽毛が重なった、厚く、もこもこの服を纏っている。


 翼に近い手を持つ方は、足も猛禽類のように逞しく、毛と鋭い爪と四本指に見える。


 もう片方は顔立ちも人に近く、翼は背から生えている。人に近い形の足で、根の端に腰掛けていた。


「何か、ずいぶんと……?」


「同じ種類の怪物だよ。混沌竜ガスドラゴンより、統一感はあるでしょ?」


「モンスター……なんですか?」


「人じゃないよ。少し前はレッドキャップって呼ばれてて、人は戒律上もう食べないけど、近づけば鳥と同じように逃げちゃう。だから」


 アーリアは鉤状に曲げた指を咥えて、軽やかに指笛を吹き鳴らした。


 鳥の鳴き声のような見事な指笛は、2匹のハルピュイアたちのさえずりと合わせて、まるで忙しい演奏のようだった。


「巣を訪ねても良いか聞いて来てくれるって。少し待とうか」


「上手いね?」


「そうでもないよ。辛うじて伝わる外国語、無理に話してるような物だし……」


「そうだのウ」


 奇妙な声が禀のすぐ後ろでした瞬間。アーリアと一馬は彼女に駆け寄ろうとしたが、首筋に鋭い足爪が既に当てられていて、足を止めざる終えなかった。


「ひぁっ……!?」


おう、悪ふざけは止めて」


「焦り、らしくないゾ。黄色の長耳。……まさか、おヌシがいて、誰ぞ死んだカ?」


 耳が痛くなるような金切り声の主は、真っ白い羽毛で覆われたお面を被った、3m近い老鳥に見える。


 こちらを伺いながら、大きな顔をゆらゆらと左右に揺らしている。


 禀を気に入ったのか、大きな指爪の反対側で、興味深そうに精霊ブタごと撫でていた。


「久しく。話が早いね、クビキリだよ」


「賢いからノ。ホーホーなるほど。酔いそうなほど、人血の匂いが濃いわけじゃナ」


 彼の爪は、次に一馬を撫で始めた。


 禀と違って少し荒い手つきだが、邪気を感じず、なんとなく一馬は抵抗できなかった。


「ホー……? おヌシら、変わっとるのうウ?」


「取り引きしてくれる?」


 翁は一馬の方を見つめると、目を細めて何か納得したように頷き、次にモンスター特有の羊のように平たい不気味な瞳で、深く禀を見つめた。


 彼女からは何かを感じ取れなかったのか、ゆっくりと首をかしげ始める。


「ホゥー……??」


「ホー、ですか?」


 なんとなくつられて、禀も精霊ブタも首をかしげ返してしまう。


 しばらく彼はそうしていたが、結論が出たのか、ゆっくりと首を戻し始めた。


「よかろウ。ただしクマやこの、……人血の匂いやらが、ひなたちに悪すぎル。これでは手を隠しても、さらい飼いたくなる習性が悪癖あくへきとなりかねン。悪いがこの場で良いカ?」


「素晴らしい。気づかいに感謝を、羽根の賢老」


 彼らは当初の予定通り、小袋いっぱいの羽根と、持ち込んでいた日本酒の交換を申し出た。


 翁は快く上機嫌に、交換を承諾してくれた。


 しかし、アーリアたちから説明を受け、救出の手助けを求められると、困ったように難色を示した。


「本当にらしく無いのウ。おヌシは戦に倒れるハ、ホマレと扱う方じゃと思っとったガ?」


「私個人の感性はね。でも時代が違うよ。戦後じゃないのは、もう知ってるでしょ?」


「日ノ本の国是が変わったのは寄り合いで聞いたガ、目まぐるしくってのォォ。フム……」


「お願いします。羽根の賢老さま。お力をどうか……!」


「お願い、します……」


 3人に頭を下げられて、帰ってきた先程のハルピュイアが驚く中。翁は目を閉じて思案した。


「まず、もう生きているとは到底、思えン。その上で引き上げを手伝う事自体は、可能ではあるのジャナ。しかし……」


「それじゃあ……!」


「生憎我が爪はコレ。トドメになっては意味がなイ。対価も重イ。無価値どころカ、どう足掻いても負け戦ゾ?」


「価値は時に、あるか無いかを決める物じゃない。価値は、時に愛して見出みいだすべきものだよ。翁」


「アイ、か……」


 怪物はおろかしさしか、分からない。


 胸を打つ言葉に、彼も覚悟して愚かに、対価を口に出すことを決めた。


「よかろウ。ならば人間を脅かす者を裏切る対価としテ、その黄色の髪、クマの爪、……携帯端末とやらを奪い取ろうカ」


 生命を救う、あるいは死体を回収する対価。


 生唾を飲み込んだ一馬は、瞳を閉じてささやく紛れもないモンスターに、思わず目を細めてしまった。

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