第39話 愉快な殺意(2/11)

 脱衣所に着替えに行った一馬と禀を待ちながら、荷物検査場に荷物を預けると、渡辺隊長と湯本が渋々顔を出してきた。


「あら、男前になったじゃないですか」


「はぁ……、ま、そうだな」


 どこかスッキリした顔で、わずかに頬を腫らした湯本が受け答えた。


 アーリアが鼻を鳴らして、匂いを嗅いだ。


「元気? タバコやめたの?」


「誰かさんのせいで、長生きが決まったもん。吸ってらんないよ」


「それが良いよ。許さないからね」


「はいはい。……休みから新人が入ってるけど、妙に生傷が絶えない。ウサギを見たって連中も居る」


「……今、降りてるのは?」


「2チーム。ベテランと新人混合で、念押しに陸自も少し様子見に来るようです」


「ん。そっちも気を抜かないで」


「来年度までは、頑張るさ」


 くたびれた様子で湯本は挨拶して、歩いてきた一馬たちに対応を始めていた。



◇◇◇



「じゃあ、私たちは予定通り戻るわ」


「了解。こっちは先に配信始めちゃうね」


 聖と真司は、本部であるアーリアの自宅に戻るために、もう一度車に乗り込んでいた。


「ここが……」


 禀にとって、久々に見るダンジョンの入り口。

 見学で遠くから見たことは、ある。


 だが人工的に補強されてなお、八の字に裂けた洞穴は、人の目に見通せる闇が潜んでいるとは、欠片も思えなかった。


「ちゃんと予備の手袋持った?」


「ちゃんとチェックしたよ。これから向かう場所には、エチケットだもんね」


「私は自前の予備も、ありますので」


 禀は肌が露出しない格好で居ることが多い。普段から手袋を付けている。


 アーリアとしてはほんの少しだけ気になったが、質問する事は無かった。


 今日までは。


「禀さん。……始める前に、あのね?」


「はい?」


「話せる時が、来てからで良いから。ね?」


 思わぬ虚を突かれて、禀はギシリと身体を硬直させてしまっていた。


 それは一馬も同様で、彼らは二人とも目を見開いてアーリアを見つめている。


「アーリア、黙っててさ……」


 謝罪しようとした一馬を首を振って制して、アーリアは自分なりに言葉を選んだ。


「良くはわかんないよ。2000歳でも人間さんの思考は読めないもん。でも、隠し事は分かっちゃうの……」


「すみません。実は……」


「良いよ、話せる時で。今は楽しく配信しよう。……禀さん」


「はい。いつか、必ず……」


「よし! じゃあ、配信始めよう! みんな待ってるよ!」


「はい! 先生!!」


 骨伝導イヤホンを付け聖たちに一言告げて、配信開始を操作するスマホをタップした。


「みんなー! おはよー! アーリアだよー!」


「おはようございます皆さん! 一馬ですよー! 今朝はアジフライ美味しかったです!!」 


「お、おはようございます! 禀です! こ、今回から、新衣装で、す……」


 禀は動きやすい長めのスパッツに、膝まで覆うカバー付きのブーツ。


 手元まですべて覆うセクシーな長手袋に、土岩色の長めのローブを羽織っている。


 肌を露出させず、いささか物語の魔法使いのような出で立ちである。


 肩には一見重そうな精霊ブタが、しっかりと抱きついていた。


〝先生、おはようございます!〟

〝エルフ先生〜!〟


〝キーンコーンカーンコーン〟

〝起立! エルフ先生! 礼! 〟


〝精霊様もおはようございます! 〟

〝カズマくんおはよ〜! 私もアジフライでしたwww〟


〝ま、魔法使いだ!? 〟

〝おぉ……、委員長似合うなwww〟


〝可愛い!! 〟

〝地霊使いって感じだ! 〟


〝スパッツ! おおスパッツぅ!! そういうのもあるのか!! 〟

〝◯ンツじゃないから、恥ずかしく無いもん! 〟


〝めっちゃへき、最高ですwww〟


「あ、あはは……ありがとう、ございますぅ……」


「アーリアが厳選した素材を使ったから、この前倒したアルミラッジの皮もローブに使ってるよ」


〝あの黄金色の!? 〟

〝エルフ先生、加工までできるのか〟


「えっとね。昔薬品を使ってなめしてもらった物を縫い合わせただけだけだよ。並の鎧より固いから、結構いい値段で売れるけど」


〝ほへー……〟

〝準備万端ですなwww〟


〝2人の格好は、一馬くんの癖? 〟


「あ、あはは……、割と、癖ですね」


「嘘だね」


「嘘ですね」


 一瞬返答に詰まった一馬に、女性2人は冷ややかに言葉を浴びせた。精霊ブタまでなぜか頷いていた。


〝おっとぉ!? 〟

〝これは思わぬ地雷か? 〟


〝チベットスナギツネみたいな目にwww〟


「あのね。だってどう考えても巫女服の方が癖じゃん。それもとてつもなく重度に」


「そうですよ。私が着たときなんて……、……何でもないです」


〝おいおいおいおい、気になるじゃねーの〟

〝委員ちょの巫女服……、ふぅ……〟


「なに言ってるんだい? 巫女服は人類の至宝でしょ? 癖程度じゃ無いよね?」


〝お、おう……? 〟


〝コイツ、ナチュラルに狂って……www〟

〝ミニスカ派ですか? それとも古式派? 〟


「無論、両方で。では告知通り、今回は断層階層だんそうエリアのさらに地下。菌糸類階層きんしるいエリアまで行こうと思います」


〝了解ー! 〟


〝ガン・ハンターズの配信連中も帰って来てるし、途中で会うかもな〟


〝なんにせよ、気を付けてなー〟

〝カズマくんは巫女服好きっと、メモメモ〟


 コメントを貰いながら光差す入り口に入り、いつも通りアーリアは、月蟲たちを解放していた。



◇◇◇



 ダンジョン初挑戦の禀を気遣い、ある程度警戒と少し遅めの歩みで彼らは進んで行く。


 丸一日経過し禀も行軍に慣れ、一馬も未踏の地に踏み入る頃。


 岩肌の広い通路の奥から、タンッ! タンッ! と、何かの破裂するような音が響いた。


「花火……?」


〝銃声じゃね!? 〟

〝ガン・ハンターズ? 〟


〝ガン・ハンターズが、何かと戦ってる!! 〟


「っ……アーリア!」


〝ヤバいで! やっこさん方、照明ライトをやられとる!? 〟


〝こちらでも確認したわ。アーリアちゃん、気を付けて〟


「嫌な場所をっ……! 先行する! 足元に気を付けて! 警戒しつつ、急ぐよ!!」


「は、はい!?」


 コメントと聖たちからの連絡を受けて、慎重に周囲を警戒しながら急いで駆け出す。


 ツッ……という、ほんのわずかに、音が響いて。


「…………!」


「えっ……!!?」

 

 禀と一馬には認識すらできなかった。


 血の花が突然、パッと咲く。


 自身の首から血が吹き出したかと思い、とっさに首筋に手を当てる。


〝血!? 〟

〝な、なんだ!? 〟


〝なんか白いの映ったぞ!? 〟

〝は、早え!? 一時停止しても、両方ブレて見えない!? 〟


「傷は!?」


 一馬の声が響く。ペタンと禀が尻もちを突くと同時に、また目の前で残酷に血の花が咲いていた。

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