第35話 禁忌(8/9)

 真正面から螺旋状の黒いツノと、分厚いナイフのような爪が交差する。


「くらぇえ!!」


「……ギっ!」


 火花を散らしながら激突し、僅かに吹っ飛んだのは、アルミラッジの方だった。


〝わーお〟


〝車の衝突事故みたいwww〟

〝自慢のツノがへし折れた〟


〝可愛いから、ちょっと可哀想やなぁ〟

〝肉しか食わんぞ、コイツら〟


「ッッッ〜!!」


 アルミラッジはツノを折られた事で激昂したのか、歯をガチガチ鳴らしながら、一馬の不意を突いて噛み付いた。


「カズくん!!?」


「イッヅゥ……!」

 

 毛皮の腕ごと噛み込まれて、赤い血が禀の頬を濡らす。

 それで、彼女の抗う心に、火がついた。


「このおぉっ!!」


「ギュ……!?」


 一馬を傷つけられた怒りのままに、デタラメに繰り出した足が、アルミラッジの大きな瞳に当たる。


 聖が用意した。スパイク付きの登山靴。


 ざりっと身の毛もよだつ酷く嫌な音を響かせて、偶然削った一撃。


 堪らずアルミラッジは、ぞわりと飛び上がった。


〝痛ったぁ!?〟

〝これは両者、痛っい! 〟


〝ナイス委員長! 〟


〝腕大丈夫か!? 〟

〝毛皮でわかんねえな〟


 怯んだアルミラッジの腹部が、突然弾け飛んだ。


〝ファ!? 〟

〝エルフ先生か!? 〟


〝後ろ向いたまま、杖、逆手で構えてる……〟

〝カッコいい……!! 〟


「ナーイス。禀さん」


 アーリアによる顔も向けていない。雷撃魔法の背面撃ち。


 最後のアルミラッジは、必死に仲間に差したツノを引き抜こうとしたが、螺旋状の形が祟り、ツノはびくともせず引き抜けない。


 アーリアの踵落かかとおとしを食らったアルミラッジを最後に、彼らは全滅した。



◇◇◇



 持ち込んでいた応急セットとアーリアによる樹の実で、一馬の傷を癒す。


 傷は歯形こそ深めについていたが、骨に食い込むほどでは無かった。


「ああいう時は引いたり、踏ん張ったりはダメだよ。意識しては難しいけど、食いちぎられちゃうからね」


「う、うん、いっててっ」


「大丈夫、カズくん?」


「痛いけど平気。動かせるよ」


〝前みたいに血まみれよかマシだな(白目)〟


〝ところで、ここどこなん? 〟

〝紙と本みたいなの、ばっかり……? 〟


「一応アーリア個人が所有する、精霊用の貸し出し住居だよ。禀さんの契約に来たの」


〝精霊……?〟


〝ダンジョンじゃ無いの? 〟

〝大家さん的な? 〟


「大枠では、この国未公認のダンジョンかな。大家さんは的確だね。家賃は魔法を授かる事だもの」


〝未公認ダンジョン!? 〟

〝そんなのあるん? 〟


〝初耳だがwww〟

〝一応あるぞ、群馬とか、名古屋の端っことか〟


〝群馬www〟

〝やはり、グンマーは実在したのか! 〟


〝その情報フェイクでは? 〟


〝フェイクかなぁ……?〟


「え、えっとね。いつものダンジョンと違ってごめんなさい。見せた方が早いかと思って、こうしたの。魔法の解説も含めてね。じゃ、行こう」


 積み上がった本で舗装された道を進むと、神殿のような建物にたどり着いた。


 新品のようなまっさらな紙と、積み上がった綺麗な本で建築されているが、地面はゴツゴツとした歩きやすそうな岩肌に変わっている。


 澄んだ匂い。なんの音もしない。耳を支配する静寂しじまに、禀は固唾を飲み下した。


「ここが精霊殿。生き物をいさめる精霊のおわす、聖域だよ」


「聖域……」


〝綺麗な場所だな〟


〝岩もキレイだ。苔一つ生えてない〟

〝これ、配信してて良いのかな……?〟


「アーリア、今更だけど配信してて良いの?」


「失礼と向こうが感じない限り、むしろお祭り騒ぎは大好物だよ?」


「そういうもの?」


「そういうもの。招かれた場合の時だけはね。とは言え、まずはお話をしないと」


「お話、ですか?」


「授業をね。せっかくだから近況……魔法の歴史も交えて。良いかな?」


「わっ」


「慌てなくて良いよ。答えてくれただけ」


 倒れる程ではないが、地面がほんの僅かに揺れた。アーリアがにこやかに手を振ると、ピタリと振動は停止した。


「じ、地震……?」


〝え、こっちは揺れて無いぞ? 〟


〝警報も無いな? 〟

〝あったら速報で、警報出るよな……? 〟


「えっとね。良いだって。じゃあ生徒さんのみんなにも質問。そもそも魔法って、なんでしょうか?」


〝なんでしょうかって……?〟

〝呪文を唱えて、魔力を使って? 〟


〝精霊から丸ごと借り受けるんじゃ無いの? 〟

〝火とか水とか操ること? 〟


〝呪文で不思議な事をすること? 〟


〝呪文や舞踊で、過程を吹っ飛ばすことじゃね〟

〝歴史的には、拝火教とかか? 〟


「TDDのアスター?」


 一馬の答えを皮切りに、アーリアは杖を振って、小さな炎と水を作り出した。


「概ね、みんな正解。TDDをプレイしてるなら、第一章でおなじみだね。ヨシュアさん……かの司祭様が生まれる前の時代。およそ紀元前500から1500年前。智恵ちえの神様を見つけて、善と悪を世界に説き、成立した宗教にして魔法。それが人間側での、はじまりのまほう


 もう一度杖を振ると、火は燃え盛り、水はいくつもの人型に分かれて火を囲み始めた。


 その様子から、人間が火を礼拝している姿なのだと、すぐに誰もが思い至った。


「でも、アーリアと精霊たちが結ぶ契約は、もっと古い盟約ものがたり。世界に本は多くなかった、遥かいにしえの時代。恩寵と災いの盟約おやくそく。その名を禁忌ゲッシュと言うの」


 火と水は大きく膨らむと、細かく分かたれた。


 水は結婚、祭事、出産など、祝される事を。

 火は災害、飢え、病気など、災いを。


 それぞれがまるで影絵劇のように舞い踊り、見るもの全てを、神秘的に魅了していた。

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