第34話 プロ意識の選択(7/9)

 カサ、カサっと乾いた落ち葉を踏むような、足音が階段に響く。


 不思議な事に、段差は分厚い本が開かれて、何冊も重なったような地面になっている。


 天井を見上げると、透きとおるような青緑色の空になっていて、ここが別世界のようなものだと、嫌でも感じさせてくれた。


「おぉ……!」


「わっ、あぁ……!」


 階段を降りきった禀は、予想だにできない光景に、驚くしか無かった。


 どこまでも続く草原のような、白い紙束の地面。


 古い装丁の本やスクロールのような、ただ広げて飾り付けられた、紙のような物もある。


 遠くには、大きな建物のような建築物も見える。


 紙に書き加えられている文字が、ほのかに光って明るく、青緑色の空と相まって、まるで光射す雲の上に、逆さまに立っているような光景である。


「どう? 二流にしては悪くない術式でしょ?」


「は、はい……!」


「これからあの精霊殿の中に入るよ。ここにはモンスターも居るから、気をつけて」


「こんな所にモンスターが出るの、アーリア?」


「趣味みたいな物でね。いつの間にか、呼び寄せちゃうんだよ。試練のつもりなんだろうね」


「じゃ、通信を試みるよ、禀」


「その前に、聞いても良いかな。アーリア先生も、よろしいでしょうか?」


「なにかな、禀?」


「フルネームで配信するのは、少し、危なくないでしょうか……?」


「それ、プロ意識が無いって思われるよ。本当に」


「っ……」


 ズバッと切り込まれた一馬の一言で、禀は思わず

肩をすくめてしまった。


「どっちを選ぶかは禀次第だけど、配信活動って、みんなに身近に感じて貰うのが、第一でしょ?」


「そうだね。1人の大人として言うけど、責任の所在を晒して、顔を出して、やりたい事をやる。そしたら、面と向かって否定はしづらい。結局、周りで叩いている人間って、いつの時代もその程度だったかな……」


 遥かなる過去を、噛み砕いて飲み込むように、アーリアは遠い目をして、かつて答弁を戦わせていた者たちを振り返った。


「今のは煽るみたいでちょっと配信できないけど、事実ではあると思う。ネットの勝ち負けって、相手が叩いた時点で本当は決まってるんだよ」


「身近に感じて貰うことは、大事ってこと?」


「良く分かってるじゃん。僕の場合は家族も居なくて、所属してるクランもはっきりしてるし、リスクが少し薄い面もあるけどね」


「リスクは、でも……」


「うん。リスクはあるよ、ネット相手だからね。でも僕は将来、自分のクランを持ちたいし、これで食ってくなら覚悟を示さなきゃ。負けてらんないよ」


 アーリアは一馬の言葉に悟られないように、こっそりと身震いした。


 積み重なった年月から、老獪に都合の良い嘘を重ねてしまう自身と違って、どこまでも世界とただ真摯に向き合う人。


 キレイだ。自身にはもうできないかもしれない。嫉妬にも似た痛快さを感じて、アーリアは思わず眩しそうに、彼に微笑んだ。


「シルバーさんみたいに、周りが付けて愛してくれた武名や名前ならともかく、かな?」


「そうだね。いろんな配信者さんみたいに、0から積み上げてきた物だろうから、憧れる」


「やっぱり、敵わないなぁ……カズくんには……」


「もっと後で決めればいいさ。まだ未所属でしょ?」


「うん……うん?」


 全員、気がついた。


 建物の方から大きく、黄金色の色鮮やかな毛玉のような物が、地面を跳ねながら多くこちらに向かってくる。


「はうぅ……お出まし。試練と関係ない話題を出したから、ちょっと拗ねられたかな!?」


「アーリア、ドローンは!?」


「出して! 緊急だけど、配信始めるよ!」


「え!? あ、は、はい!!」


「カズマくんは禀さんを守って! 聖さん!!」


 腕に装着したスマホのアプリから、イヤホンとの通信を急いで接続した。


〝感度良好よ。戦闘開始と同時に配信するわ〟


〝コメントも良さそうなのは、読み上げするで! こっちで地図も書く! 〟


「助かる! 始めるよ!!」


 地上を跳ねるように群れで向かって来たのは、鋭い2本の前歯と、1本の螺旋状の黒ツノを持つ獣だった。


「アルミラッジ! 手加減は無しだよ!!」


「うん、了解!!」


「きゃっ!?」


〝うおっ、……どこだここ!?〟


〝兎モドキ!? 〟

〝もう戦闘開始してる!? 〟


〝奇襲か〟

〝今回はトラブル続きだな〟


〝突進力が、かなりバカにできないヤツか〟

〝…………なんか、妙に体格良くね? 〟


 先行したアーリアが3頭ほど引き連れて、先頭の1頭とかち合う。


「そこっ!!」


「…………っ!?」

 

 一鳴きすらせず、ウサギと違い発達した前脚で繰り出される、額の黒ツノ。


 僅かに身をひねり、ムチのようにしなる、上下に180°広げた蹴りによる、強烈なクロスカウンター。


 頭蓋ずがいが砕かれ、キッチリと2つ分けに、形が変わった頭部。


 アルミラッジは紙の地面に、自慢の黒角を突き刺して、動かなくなった。


 思わぬ強敵に着地の瞬間を狙って、2体同時。自身が突き刺さるのも構わず、アーリアに迫る。


「よぉっ……とぉっ!」 


 着地の勢いのままするりと足を割り、迫る前脚の付け根をいとも簡単に手に取る。


「……っ!?」


「そっ、れえぇえ!!」


 伸びた前足を、足に引っ掛けての大外刈り。


 黒ツノの先端は反対側のアルミラッジの頭蓋骨を貫き、小脳を破壊し、またしても動かなくなった。


〝一本! 〟


〝見事な手とり! 〟

〝あの体格差と、短い脚でよくもまぁ……〟


「声だすと舌噛むよ!!」


「ひぎゅっ……!」


 変身した一馬は片手で禀を抱き上げると、アルミラッジに正面から飛びかかって挑んでいた。

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