第36話 気分上々?(9/9)

 アーリアが幕を下ろすように一礼をすると、火と水はかき消えて、再び静寂だけが精霊殿に戻った。


「ゲッシュ……?」


〝ケルトの呪文……だっけ? 〟

〝北欧神話の魔法、だったかな? 〟


〝ドルイド教が元って説もある、アレ? 〟

〝あれ、でも確か、英雄とかの死因じゃ……?〟


「別名をギャサ。もっとも古い力持つ言葉では、禁忌と同時に、定められた運命を意味する言葉。アーリアの魔法術式は、そこからの派生だね」


「派生、ですか?」


「そう。人間さんの歴史だと、呪いとしての力が強すぎて、数々の英雄さんたちの死因になってるの。性質として、誓いを守れば恩恵を、破れば即災いを」


「それは、……かなり危険じゃない、アーリア?」


「危険ではあるよ。でもそれは、呪文……正確に言えば、口論や口上、口約束だけが、もっとも力を持ってた時代のお話。アーリアの術式はそれらに加えて、本、杖、契約時の文字で、恩恵と災いを分散させるの」


「あ、だからここは本なんですね?」


「その通り。……まずは、リスクの無い。仮契約おともだちから始めてみよう。さて、どうお願いしよっか。禀さん?」


「え、どうって……?」


「精霊は生き物をいさめる側だから、有りようをとても見るの。まずは自由に挨拶してごらん?」


「え、は、はい。……せ、精霊さん。こ、こんにち、わ〜………………」


 シーン……と、神殿は静まり返っている。


「わ、わぁー……ぁぅ………………」


 精霊が実在する事は先程の地震や、アーリアの魔法で目撃した全員が、頭では理解できている。


 しかし、どう見ても言動と絵面がイタい子そのものだった事に、禀の顔は次第に真っ赤になっていく。


〝せ、精霊さんwww〟


〝そっか〜、精霊さんは、放置プレイがお好きか〟

〝また一つ賢くなってしまったwww〟


〝気持ちはなんとなくわかる〟

〝羞恥プレイとは、業が深いwww〟


〝これは、間違いなく気障難イタズラ好きですわwww〟


〝真面目な子ほどイジりたくなるよな〟

〝精霊さん空気読みすぎwww〟


「も、もぉおおおおおおぅ!!」


 禀は恥ずかしさから、顔を覆い足を折って座り込んでしまった。


「あはは……これはよっぽど、気に入られたね」


「そう……なの、かな?」


「好き勝手できる相手だって、心を許してる証拠だよ。……ようやく、見つかったね」


「もうぅ……出てきてくださいよ〜……私がバカみたいじゃないです、かぁ……?」


 岩の一部がのっそりと、禀の目の前で盛り上がっる。


 豚。ブタである。妙に全体的に長い印象の、逆立つ毛のような岩を持つ大きな豚が、座り込んだ禀を見下ろしている。


「…………精霊、さん?」


〝豚だ〟


〝なんか長くね? 〟

〝鼻も胴も長い、かわいい〟


〝精霊って、豚なの!? 〟

〝なかなか勇ましい〟


〝太……ましくはあんま無いな。長い〟


 ブタは呆ける禀の周囲を、嗅ぎまわるようにぐるぐる回る。何度か禀に、軽く身体をこすりつけている。


「わっ、わっ、なぁに!?」


「あっ、しまったかも。油断してるとっ……!」


「ふぇ?」


 アーリアの警告は、一瞬遅かった。


 キラッとつぶらな瞳がきらめいた瞬間。精霊ブタはいっそ可愛らしく、ハムッと禀の襟首を咥えて。


「へ? みぎゃあぁああああああああ!!?」


 まるで、お気に入りのおもちゃを運ぶように、ルンルン弾むようなスキップを見せながら、上機嫌に彼女を連れ去ってしまった。


 猫の子の絶叫のように叫ぶ禀を、完全に無視してである。


「あっちゃ〜……」


「わんぱくだね……止めなくて良いの?」


「悪気は無いし強引に取り上げたら、間違いなく暴れちゃうねぇ……」


〝ドローンの高度あげて追跡してるから、見失わないわよ〟


「了解、ありがとうスタッフさん……」


〝犠牲になったのだ〟

〝一番の試練だなwww〟


〝めっちゃスキップしてるwww〟

〝カワイイがカワイイを連れてったwww〟


 禀を咥えた精霊ブタは、軽やかな足音を響かせながら、紙の草原を駆けていく。


「ハナシテ……ハナシテぇえ……!」


 涙目で訴えても、理解しているのかいないのか。

 つぶらな瞳と目が合うが、何を考えているか分からない。


「止まってよぉおお……ぐぇ!?」


 ずっと走るかと思われた精霊ブタが、唐突に停止して禀を下ろした。


 地面に赤いシミが、小さく広がっている。


 むせ返る鉄臭い匂いで気付いた。禀自身が蹴飛ばした。アルミラッジが横たわっている。


「どうしたの……?」


 精霊ブタはアルミラッジに近づいた。


 長く伸びた黒ツノにひずめをあてると、パキッと根元から折ってしまった。


「折れちゃった……」


 ツノを咥えて、ぐいぐい側面を禀に押し付けてくる。


 幸い血は付いていない。かなり大きい。禀の細腕と、同じくらいの太さと長さがある。


 彼女は困惑しながらも、精霊ブタの珍妙な行動にポカンとしている。


 なんとなく精霊ブタとツノを一緒に掴んで押し問答のような事をしていると、アーリアたちが追いついてきた。


「受け取ってあげて。仮契約のあかしだよ」

 

「あ、はい……ありがとうございます。精霊さま」


「これで……どれぐらいかな。ちょっと杖を誰もいない所に振ってみてくれない?」


「え、こ、こうでしょうか? わぁっ!!?」


 雪崩のような大量の岩が、勢いよく禀の杖先から飛び出ていく。


〝魔法が出た!? 〟


〝もう!? 〟

〝やはり天災か〟


〝誤字ってるwww〟

〝いや、あってんじゃね、この量……〟


 禀は驚いて杖を手放してしまい、四方八方に魔法が出し終わった後には、うず高い岩の壁がそびえ立っていた。


「あらら、張り切り過ぎだよ。最初だからって……」


〝清水、後ろ後ろ! 精霊様倒れとる!? 〟


「えっ……、だ、大丈夫じゃないぃ!?」


 目をぐるぐる回してめまいか何かを起こしたように、精霊ブタは四肢を投げ出して、地面に倒れている。


 禀が駆け寄って揺さぶっても、苦しそうに口を開け閉めするだけだった。


〝そっちが倒れんのwww〟

〝あらら〟


〝酔っ払いみたい〟

〝最初だしなぁ……〟


「やっぱり最初だから、息が合ってないんだね。出てる岩にもムラやロスが多いみたい」


「な、何一つ上手くいかないよぅっ……!」


 様々に翻弄ほんろうされた事もあり、上手く行かない魔法に、とうとう禀の瞳は涙でにじんできてしまった。


〝泣かないで……〟

〝頑張って禀ちゃん〟


「まあまあ。最初なんだし、そんな物じゃない?」


「カズマくんの言う通りだよ。当面は一回一回お願いする形が良いかな」


「えぇ、さ、さっきみたいに、ですか……?」


「習うより慣れちゃえば良いんだよ。何事もね」


 アーリアが杖をトントントントンと、目を回している精霊ブタに軽く当て続けると、みるみる内に小さくなり、肩に乗せられるくらいの大きさになっていく。


 精霊ブタはパチリとつぶらな瞳を開けて、禀を見上げていた。


「一緒に暮らすと良いよ。小さくて良いから一日一回。お供え物を決まった時間に忘れずにね?」


〝縮んだ〟

〝マスコットになったwww〟


〝ちっさい、カワイイwww〟

〝エルフ先生は、需要をわかってるなぁ〟


「(ふ、不安しか無いぃい……!)」


 こうして、アーリアたちの配信活動には、スタッフである聖と、バイトの真司。見習い魔法使いの禀が加わる事になり。


 清水家には、たまに巨大化する岩の精が住み着く事になった。




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 何事も初めては上手く行かず。手探りや先達の助けの世話になってしまう物ですね。


 恐縮ですが、より多くの人に読んでもらえるよう、よろしければ↓の☆☆☆を★★★する評価やフォローでの応援、よろしくお願いします。


 左上の×マークをクリックしたのち、目次下のおすすめレビュー欄から【+☆☆☆】を【+★★★】にするだけです。


 禀「お供え物って、何が良いんでしょうか?」


 アーリア「豚肉」


 一馬「え?」


 アーリア「豚肉」


 禀「え、共食い、では……?」


 アーリア「小さな小鉢で良いよ。それじゃみんな、★で応援、よろしくねぇ〜👋」


一馬「えぇー……?」


精霊ブタ「★〜👋」

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