第30話 ストーン・ヘンジ(3/9)

 日曜。アーリアに連れられて、ダンジョン教室のメンバーは、神社の裏手に集まっていた。


「オラーイ、オラーイ、ストッープや!」

「この辺りで良いかしら?」

「良いよー、じゃ、荷台降ろすね」


 聖が自身の故郷から持ち寄ったワンボックスカーを、アーリアと真司の指示で止めた。


 ダンジョン配信活動を本格的に行う道具として、聖は真っ先に故郷と交渉して、5名程と機材を余裕で運べる車両を手配して見せていた。


「それにしても、あまり見ない植物ね……?」


「え、えっとね。あっちはヒイラギ。その岩のはトネリコとヤドリギだよ。私たちドルイドにとって、神聖な植物だね」


 青々と生い茂った木々の合間に、柱のような岩が2つ、その上に平べったい蓋のような岩が乗っかっている。


「鳥居……?」


「いえ、………………ストーン、ヘンジ?」


「お、良く勉強してるね禀さん。そう。これはかの魔術師様が作った、その簡易版だよ」


 儀式を行うために、代表者であるアーリアは裸足で、ぐるりと身体を覆う白いシーツのようなローブしか、身に着けていない。


 そして、彼女は変わった物を持っていた。三日月型の金色の小鎌と、まるで毛皮のような袋。


 そして、大きな葉に包まれた肉。豚肉か何かのようだが、一馬たちには用途が良く分からなかった。


「じゃあ、ここから先は携帯の電源を切って、この袋に入れてね。金物やプラスチックも、この袋の中に入れて」


「どうして?」


「野良精霊にイタズラされないように。真っ先に狙ってくるの」


 全員が金物やプラスチック製品を入れ終わると、アーリアは袋を背負って、いつもの杖を取り出した。


「じゃ、再確認。全員歯は歯磨き粉無しで磨いて、朝のお風呂には洗剤をできるだけ使わないで、入ってきた?」


「入ったよ」


「問題ありません」


「うん、じゃあ門を開けるから、全員手をつないで河に沿って進んでね。振り返るのもできればやめて。最後尾は一馬くんに任せるから、荷台を持ってきてね」


「分かった」


「道のりはそう長く無いから。全員手は握ったね。じゃ、出発!」


 岩の柱に巻き付いてた、大きなマリモのようなヤドリギに、アーリアが杖をかざす。


 岩祭祀場ストーン・ヘンジの周囲に、円形にキノコが生えてきて、柱の間が半透明のまったく別の景色に変わっていた。


 アーリアが禀の手を引いて、全員で岩柱いわばしらの隙間を歩く。


「川辺に沿って歩くよ」


 植物層がまったく異なる土地。靴底が染みない程度の、清涼なせせらぎ。


 うつくしい清流、その流れに沿って、奥へ、そのまた奥へと導かれる。


 その中で、妖精アーリアが、振り返って微笑みかけてくれている。


 胸がクッとなるほど美しく。全員ため息しか出せなかった。


「そろそろ見えてくるよ」


「おぉ……!!」


 美しく苔むす岩壁。天然の階段のように切り立った向こう側には、小さな滝と滝壺が見えて。

 清流へと階段の隙間から、清らかな水が流れている。


 そこに、もう一つの祭祀場と、熊の白骨標本のような物が、おごそかに飾り付けられていた。


「ここどこなの、アーリア?」


つ国って事かな、一応」


「トツクニ?」


「人間の国よりも、星の深い場所。私たちが移り住んだ場所。といっても、ここはアーリアが作った工房……ただの別荘に近いけれど」


「きれい……」


「うん……」


 禀と聖は大自然の寵児ちょうじを前に、うっとりとため息をついていた。


「あそこの階段を登った所にある洞窟が、アーリアの書庫だよ」


「洞窟なの?」


「中はちゃんとした書斎と書庫だよ。手はもう離しても良いよ。彼の前には精霊も、怪物も寄り付かないから」


「モンスターも居るの?」


「昼間は滅多に出てこないけどね」


 苔でヌメる階段を登り、洞窟に入ると酸味のある香りが漂って来た。


 奥に進むと、壁一面の棚に本が仕舞ってある書庫にたどり着いた。


「じゃ、そっちの棚の下半分を、外の荷台に運ぼう、ゆっくりで良いよ」


「あれ、新しいのもあるんだ?」


「そっちはアーリアが現代風に製本した物だよ。ここのは読んでも良いけど、乱暴には扱わないでね。拗ねると面倒だから」


 新品同然に見えるのに、どこかすえた匂いを感じる本を荷台に運んでいく。


 アーリアも自身が書いた写本を、何冊か荷台に載せていく。その後で書斎に置いてあった、杖を一本袋にしまい込んだ。


「あのね。帰りは河に沿って行けば、手は繋がなくて良いよ。ただし、足跡が残ってるから、モンスターが出る可能性は増えてる」


「それは、怖いですね……」


「そう、だからこうするの」


 アーリアは持って来ていた、葉に包まれた豚肉を祭祀場に捧げた。


 すると独りでに肉は消えて、水で身体が構成された、アーリアほどの大きさの熊たちが5匹、ゆっくりと滝壺から、のそのそと出てきた。


「えっとね、帰りは彼女たちが護衛してくれるの。ここに来るときは肉を忘れないでね。禀さん」


「は、はい! 忘れません、先生」


「じゃ、戻るよ、急がなくて良いからね」


 アーリアを先頭に、一馬が荷台を引き、聖と真司、禀が荷台を押して進む。


「止まって。何か居る」


 アーリアを除いた。全員に鳥肌が立つほどの戦慄が駆け抜けた。


 熊たちが一斉に立ち上がる。


 周囲の匂いを嗅ぐ、音は出ないが鼻をふんふんと鳴らすように、様子をうかがっている。


 何より、臭い。風に乗ってとてつもない悪臭に、全員が顔をしかめた。


 右手方向から、重苦しい這いずり回る音と、巨木がバキバキと割り箸のように、簡単になぎ倒される音が近づいていた。

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