第25話 無敵にして、無力の怪物(6/7)

 唖然とする二人に、さてどうしてやろうかと聖が考えていると、控えめなノックの音が響いた。


 硝子窓の向こう側に微笑んで立っていたのは、アーリアだった。


「……味方に、来ちゃった」


「来ちゃい、ましたか。ご足労頂いて、すみませんね」


〝ファーwwwww〟

〝簡単には許さない人筆頭キタ━━━━!! 〟


〝もう、終わりだねお二人さん〟

〝勝ったな。風呂入ってくる〟


〝【朗報】完 全 勝 利 目 前 !! 〟

〝最強の援軍キタ━━━━!!〟


〝年齢マウント取ってたやつが、更に年齢マウント取られるの確定は草不可避www〟


〝オ ー バ ー キ ル 確 定 !! 〟


〝約束された勝利の妖精〟


「さて、知らない仲じゃ無い。まずは言い訳を聞こうか、渡辺隊長。ゆっくりで良いよ」


 どっと大汗を滲ませた渡辺隊長は、自身がどうすべきか混乱の極みにあった。


「だから言ってるでしょ!? 8時まで仕事するのが、彼女の契約だって!? 人の話聞いてよ!?」


 アーリアは聖と隊長になんの力も籠もっていない冷徹な瞳で目線を配ると、湯本の怒鳴り声に反応一つ返さなかった。


 まるで最初からそこに、誰も居なかったような態度である。


 何度か喚き散らしたが、全員アーリアにつられて会話しない態度を貫いて居ると、自然としぼむように、湯本は言葉を無くしていく。


 ある程度考えがまとまったあと、渡辺隊長はアーリアに話しかけた。


「そ、その。何分当日担当でなかったもので、詳しくは……」


「君の先任の本間隊長なら、間違いなく自分の部下が他の社員に怒鳴ったと聞いたら、即時自分で電話して対応とかしてくれてたけどね、しかもガラケーで、何度も」


「ついでに申しあげるなら、事案発生直後に隊長にお電話差し上げましたが、明日対応すると言われて、放置されましたね」


〝はい、ギルティー!! 〟


〝ずさん過ぎるわ、曲がりなりにもダンジョン目の前だぞwww〟


〝前任がやってたことできてねー時点で、言い訳はもうムリwww〟


「だ、だからと言って生配信は……!!」


「操作ミスですよ。そもそも後ろめたい事が何もないなら、何も問題、無いですよね?」


「だよねぇ。それにさっきの発言。少し試してみようか」


 アーリアはいっそ子供のおいたに微笑むように、渡辺隊長へと話しかけた。


「100万円あげるから、今すぐ前回アーリアたちがダンジョンに挑んだ所まで行ってきてよ。1人で、相応の料金のお仕事なら、我慢できるんだよね?」


〝うっわ……〟

〝キッツ……〟


〝マジ容赦ねぇwww〟

〝良かったな、お仕事だぞ、喜べwww〟


「それとこれとは、話が……!」


「同じだよ。程度の大きさが違うだけ。今ならゴブリンさん達も少ないし、やりやすいよ?」


 様々な最新鋭の防衛設備や、観測設備が充実しているダンジョンの入口だが、一歩踏み込めば、国連全てが正当な軍事的防衛行動以外、干渉しない無法地帯である。


 老人どころか成人1人。たとえ完全装備だったとしても、五体満足で帰ってくる難易度は、語るまでも無い。


「誤解しないで貰いたいんだけど、君の言っている事も正しい側面もあるよ。料金相応に我慢するのは仕事として正しい。でも誰が見ても明らかに限度越えてたし、サボったの押し付けてるよね?」


 だらだらだらだらと大汗を流しながら、渡辺隊長は背筋を伸ばして謝罪を始めた。


 アーリアは、ほんの僅かにホッとした表情を浮かべた。


「で、できません!」


「だよねぇ、仕事だから限度を越えて、我慢させて良いって訳じゃ無いよねぇ、仕事の前に人間なんだものねぇ?」


〝まあ無理だわなwww〟

〝チッ、やれよ臆病もん〟


〝100万貰えるんだぞ、やってくればいいじゃんwww〟


〝コロコロコロコロ相手で意見変えやがって、コイツが一番ムカつくまであるわ〟


〝ワンチャンダイブして、転生して美少女にでもなってくればいいじゃんwww〟


〝ダンジョン仕事の責任問題で、100万で雇われ、美少女に転生した件。売れそうwww〟


「そういうのやらせるのって、人間になんて呼ばれるか、知ってる?」


〝クズ? 〟

〝くそったれ? 〟


〝バカたれ? 〟

〝成金? 〟


「人でなしさんって言うんだよ。アーリアとお揃いだね」


〝お、おう……〟

〝言い切るって凄いな……〟


〝まぁ、エルフ先生だもんな〟

〝自称も他称も、もう人間とはちょっとな……〟


「つまりね。渡辺隊長は、人間さんたちにそう呼ばれて過ごしたいの? お孫さんとかも居るんだよね?」


 アーリアとしてはかなり気を使った上での、配慮から来る言葉だった。


 渡辺隊長は、チラリとスマホをいじって逃避を始めた湯本を見つめ、孫の顔を思い出し、拳を握りしめて頭を下げた。


「すみませんでした。私が、間違っておりました」


「それは、彼女を何度も恫喝した、迷惑をかけた事、会社としての連帯責任、別会社への相談義務の怠り。業務上のミスを、押し付けた事を含めた上での謝罪かな?」


「はい。隊長として責任を持って、すべて謝罪いたします」


〝やっと謝ったよ……〟


〝よし、謝れて偉いぞ。なんて言うと思ったか? 遅過ぎるわ〟


〝まあ、謝らないよか良いよな、一応〟


「良いかな、聖さん?」


「正直、隊長も言動から被害者だと思うので……」


「だよねぇ、君はコレをどう思ってたの?」


 純粋な疑問から、アーリアは顎だけをスマホをいじってふんぞり返り続ける、湯本に向けた。


〝コレwww〟


〝人扱いですらないwww〟


〝まぁ、人でなし宣言したもんな、事実上〟


〝本当に一貫して態度わるいジジイ、胸糞悪いわ〟


「おかしくなっているとは、常々……」


「あ?」


「引っ張られたね。でも耄碌して失言するくらいなら、引退考えたら? もう実力が無い証拠でしょ明らかに。タバコも止めたんでしょ?」


「は、い……考えます……」


「で、だ」


〝裁きの時だ〟


〝どーすんだろ。エルフ先生〟


〝無敵の人、いやもう怪物だからな。ある意味〟


〝無敵にして、無力の怪物だな〟


「いつも通り、もう何をしても許すつもりは無いよ。最低限の敬意と言葉を持たない怪物ものに、払うべき敬意も、無い」


 アーリアは、いっそ哀れな者を見下すように、なんの力も籠もってない瞳で、湯本を見下していた。

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