第23話 影絵劇(4/7)

 観客である一馬と聖。ついでにお邪魔したクラスメートの真司と禀。そして、何匹もいる猫たちが、全員期待に胸躍らせている。


 手製の小瓶に入れられた月蟲たちが、好物である岩塩を噛み砕き始めた。


 硝子のような、蒼白の輝きが強くなる。


 アーリアはすかさず壁に白い毛布を広げ、器用に紐一本で、毛布を壁に括り付けた。


 妖精アーリアの指先が魔法のように影を作り、演じ、踊り始める。


 影絵劇の開演である。


「では今宵は、白毛布と月の蟲、……妖しげな精が演じる、宝箱一座の影絵劇。女騎士と、老いぼれ騎士たちの物語ものがたらいを、どうか! ご覧あれ♪」



◇◇◇



 翌日の放課後、指定された時間にダンジョン部の部室に集合し、アーリアと一馬はSNSのハッシュタグをチェックしていた。


「あったね。これだ」


「うん、じゃあ、リポイストするね」


「うわっ、本当に守衛室の映像、出てるんですね……」


「マジ、かいな……」


 部室に居合わせた禀と真司も、自身のスマホを見ながら驚いている。


 各々のスマホには、ダンジョン警備室の1つである守衛室の映像が生配信されている。


 しばらく待って居ると、SNSにもコメントが流れ始めた。アーリアのリポイストの影響か、大勢が生配信を視聴し始める。


〝あれ、ここどこだ?〟

〝あれじゃね、ダンジョン受付の1つ〟


〝あ~見学で行った事あるな。なんで生配信してんの? 〟


〝エルフさんが、たまたま見つけたみたいだな〟

〝なんか、爺さんが2人いるな。なに話してんだ?〟


〝奥の白髪爺さん態度悪いな。話しかけられてるのに、スマホいじってんじゃん〟


〝話かけてんのは、女か?〟

〝あ、映った、女だ〟


〝そこそこの歳のおばさんやな〟


「聞いていただけますか、湯本さん?」


「はい? はいはい」


「えー……では最初からお話しますが、そもそものお話。勤務時間については、先任からどのように引き継いでいたのでしょうか」


「あ~俺がこの間、言った事についてなんだね?」


「そうです。私と布施さんの前で、私に尋常でなく怒鳴った件についてです。ご承知と思いますが、先任から引き継いだルールでは、そちらの要請で15分早く出勤、退社。ついでに言えば35分さらに早く、私は出社して、お仕事を始めさせて頂いておりますよね?」


〝??? 〟


〝よくわからんな〟


〝そっちの要請で勤務時間ズラしたんなら、なんで怒鳴ったん、この爺さん?〟


〝相談しなかったのか?〟


〝この女が相談突っぱねたんじゃねえの?〟


〝いや、そんな気配ないな。もう一人爺さん、なんかすげえ気まずそうだし〟


〝腕章つけてるし、こっちが上司じゃねえの〟


「俺の背景には午前8時まで、鍵の記帳して、全部渡すまでが仕事だと、君の契約は聞いていたが?」


「ではなぜ、そう怒鳴るような横柄おうへいな態度を取る前に、私に相談をしていただけなかったのでしょうか?」


「横柄!」


 湯本と呼ばれた老人は、バカにしたように大げさな態度で、聖に返答を返した。


「君と同じ仕事をしている君の後輩は、彼は貸し出すまでが仕事だと主張してる。鍵関連で自分に当てはめられた仕事ぐらい、やって帰れって思ったわけ。だいたいそんなの引き継いで無いでしょ?」


「違います。事前に一言頂けていたら、いくらでもお時間の都合を対応いたします、私は一切8時に帰宅して下さいと指導しておりません。鍵の扱いについても同様です」


〝随分意見食い違いがあるな〟


〝この爺さん、やたら態度デカいな〟


〝センパイなんじゃねえの。歳食ってるし〟


〝だとしても、女一人に男二人で、恫喝済みってなんかおかしくね? 〟


〝職場にもよるが、ダンジョンの目の前はな……〟


 それまで湯本の隣で黙っていた警備隊長の渡辺が口を開いた。


「暗黙の了解で、問題視は今までしなかった」


「いえ先週に渡辺隊長。このままで良いって、わざわざ言いましたよね、私に?」


〝どっちが嘘ついてんねん〟


〝フェイクか、茶番過ぎない? 〟


〝いや、フェイクならもっと上手く作るだろ〟


〝契約で8時に退社してるなら問題なくね? 引き継いだとしても〟


「もっと言えば、湯本さん自分が請け負った帳簿、書かないで途中で投げ出しましたよね。私が常磐報告に本部行ってる間」


「…………それは」


「それで私にやれと怒鳴った。その時点で大きなミステイクだと思うんですけど?」


「だからそれは、鍵の扱いの時間がそっちの時間でしょ!?」


「いや、受付した当人が書かないのは普通に問題でしょ? 一体なんのために、あなたご自分の名前のハンコ押してるんです?」


〝これ、ただ爺さんが結局サボってたり、融通きかないだけじゃねーの? 〟


〝女の人対応するって、最初に主張してるしな〟


〝ボケ老人の仕事かぁ……〟


〝ハンコ扱ってて、居ない当人に投げつけて任せるとかアホかwww〟


「鍵貸し出した流れは見てたんでしょ、聖さん? 目の前で行われた仕事くらいやって帰りなさい。って言う思い。誰も言ってくれないかも知れんけど。常識だよ」


〝バカじゃねえの、完全にブーメランじゃん〟


〝ハンコ押すまでがてめぇの仕事だろう!? 〟


〝自分の仕事と、他人の仕事の区別ついて無いwww〟


〝コントかな? 〟


〝フェイクだとしても面白いわwww〟


〝ごめん。私も湯本さんがここまでとは想定外〟


〝女の人かわいそう……〟


〝お話が通じませんね、これは……〟


〝こういうタイプは、常識を守らないのが、ソイツにとっての常識なんだよな〟


「ただそれだけの事、お前自分がやってなかった。俺ら別会社の人間で、後から入って来たけど」


〝は? 〟

〝うせやろ? 〟


〝ちょっとなに言ってるのか、本当に分からないですね? 〟

〝あれ、そういえば、着てる制服全然違うわ……〟


〝これ上司と部下の話し合いじゃねえの!? 〟


〝バッカじゃねえのwww〟

〝え、つまり、どういうことなん?〟


〝つまり、なんだ? 上司でもなければ金払ってる雇い主でもない。同僚でもない。たぶん気の置ける友人でも先輩でもない。同じ場所で交代してるだけの別会社の先任に、ここまで好き勝手命令してたっ……てコト!? 〟


〝合意の上なんだろうが、相談無しなんだろ。このねーちゃんが言うには〟


〝カスハラやん。極シンプルにwww〟


「だから指摘されたら、嬉しいと思いなさいじゃないけど、誰か言ってくれなければ、あなた変わらんもん」


〝うわー……〟


〝率直にキモいwww〟

〝やる事やってるならともかく、これは……〟


〝ここまで言われるって、女の方にも問題があるんじゃね? 仮にそうでも、ただのイジメだが〟


〝ひっど、オエェェ〟


〝まずお前が変われよ……〟

〝何が常識やねん、ふざけてやがるwww〟


「そのー……ね。でもね、私の方が、酷く謝らなきゃならない剣幕とか、本当に止めてほしかったんですよ」


「だからそれは」


「私、臆病な物でして!」


「そうじゃ無いの!」


「本当にやられてきた人間なんです!!」


「自分の仕事なんだから……!」


「本当に止めて欲しかったんです!!!」


〝うっわ……〟


 この時、聖は冷静では無かった。

 彼女は当初。本当に指摘だけして、向こうのすれ違いを問い正したあと、辞表を提出済みな事を打ち明けるだけなつもりだった。


 しかし、あまりに横柄で横暴な湯本の言い分、積み重なった高圧的な態度の数々。


 とうとう気持ちが抑えられなくなり、恐怖すると同時に、ほとんど恐慌状態に陥っていた。


 湯本の肩を両手で強く揺すり、何度も「本当にお願いします、止めて下さい!!」と、鬼気迫る表情で頼み始めたのである。


〝誰か止めねえとマズくね!? 〟


〝どんな怒鳴り方したんやねんwww〟


〝尋常な怯えようじゃねえぞ!? 〟


〝完全におばさん追い詰めてんじゃん。これ普段から何度もなんかしてただろ、酷く〟


「アーリア!?」


 一馬が止める間も無く、アーリアは友の危機に、血相を変えてブチギレながら、窓から身を投げ出していた。

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