第21話 シルバーの頼み事(2/7)

 ダイレクトメールの内容は、急ぎはしないが、少し良いかという内容だった。


 一馬の方にも佐久間プロから、同様のメールが届くと、追記がある。


 アーリアはメールの内容を読み上げて、一馬にも伝えた。


「あ、しまった。携帯置いてきちゃった……」


「学校にも連絡入れなきゃだね。じゃあ着替え出すよ、アーリアも着替えてくるから待ってて」


「え、でも……」


「気にしないで、ここから徒歩で帰ると日が暮れちゃうもん。……こ、今度、境内のお掃除っ、て、手伝ってくれれば、良いからっ……!」


 返事をする前に、恥ずかしそうにアーリアはあっという間に家の中へ、パタパタと駆け出してしまった。


 彼女の後ろ姿。血まみれのアーリアが頭をよぎり、冷や汗が伝う。

 

 夢だ。夢だろう。その証拠に、彼女はこれから着替える。首に傷だって無い。あるはずが無い。


 何度そう自分で思い返しても、腹の奥で何かがくすぶっている気がする。

 

 アーリアが用意してくれた着替えは、幅の広い作務衣さむえだった。


 考えてみると変身するたびに、服を破くわけにもいかない。この作務衣のような、袖や裾の広い服が必要かもしれないと彼は考えた。


 アーリアは可愛らしく、どこか大人びたジーンズルックな服装に着替えて、一馬と一緒にバスに乗車した。


 通勤時間は等に過ぎている。バスの乗客はまばらだ。


 一馬がスマホを借りて学校の担任に連絡をしたあと。スマホを受け取ったアーリアは、隣に座る一馬にも見えるように画面を傾けた。


「シルバーさんに、お返事するね」


「うん」


〝お疲れ様です。ご要件はなんでしょうか? 〟


〝ああ、悪いな、手間取らせて。佐藤は夜勤の金木かねきさんとは仲良いか? ダンジョン守衛の〟


〝仲良いですよ。良くTDDでキャラクターお借りしています〟


〝じゃあ悪いんだが、少し様子を見てやってくれないか? 家の連中に頼むとガサツで、どうにも〟


〝何かあったんですか?〟


〝守衛室でずっと1人で喋ってたらしい。やっかみ受けてるのも目撃して止めてな、まあちょっと不憫でよぅ……〟


〝知らない中じゃ無いですし、良いですよ〟


〝悪いな。今度昼メシ奢るわ〟


〝メガ豚キック3人前でお願いします。彼女も誘って、一馬さんも隣に居るので〟


〝あいよ、先々代にも伝えとく。ラーメンな〟


〝今度いつ訓練が良いでしょうか? 〟


〝ゴールデンウィーク前に怪我しないコースで頼む。TDD生配信あるんでな〟


 アーリアはブサ可愛らしいウサギの了承スタンプを送って、シルバーとの連絡を終えた。


「良いかな、カズマくん」


「これから何度もお世話になりますし。ご相伴になります」


「お昼ごはん浮いたね。にしても、ねぇ……」


 アーリアはスマホ画面を見つめて、ため息を付いた。


「何か、思う所が?」


「はふぅ、この業界長いとちょっとねぇー……」


 曖昧で卑屈な笑みだけを返して、アーリアは一馬の質問に詳しく答えなかった。


 バスは何事もなく、カズマの住む古びたアパートに到着した。


「あれ? 窓空いてる……?」


「あ、しまった。鍵かけたまま、飛び出しちゃったんだ!?」


「……3階だけど?」


「大家さんに、鍵貰わないとかなぁ……」


「じゃあ、アーリアが登るよ。先にお邪魔します」


「ちょっ……!?」


 止める間も無くまるで空中を蹴るように、アーリアはあっという間に窓の向こう側へと入ってしまった。


 一馬は慌てて駆け出し、自室のドアを叩いた。


「そ、そんなに慌てなくても……?」


 アーリアが鍵を開けてくれた。


 狭い部屋だ。荒れた布団のベッドに異常は無い。

 血まみれの死体が転がっていることも無かった。


 一馬は張り詰めていた気が抜けて、ふらりとアーリアにもたれかかってしまった。


「は、あぁあ〜……」


「わ、とっ。勝手に入ってごめんね。今日はもう何も考えず休んで」


「うん……」


「あのね。ひじりさんにはアーリアから連絡するから、ね?」


「聖さん?」


金木聖かねきひじりさんだよ。彼女の名前はね」


 放課後の時間になると、一馬のクラスメートである石川真司と清水禀が、SNSで連絡してくれた。


 何事もなかった事を伝えると、クラスのみんなも安堵してくれたようで、一馬もホッと一息をついた。



◇◇◇



 翌日。放課後を待って、ダンジョンに最も近いカフェチェーン「星白鯨」へ向かうと、予定通り金木聖が待っていた。


「あ、どうも。アーリアちゃん」


「こんばんは。元気?」


「うん。元気だよ」


 金木聖はそう紹介されなければ、ごく普通の中年女性に見える。


 愛嬌のある顔立ちで、ふっくらとした丸顔。


 夜間の守衛を勤めている事を除けば、一馬には彼女が、ダンジョンに関するトラブルを抱えているとはとても思えなかった。


 一馬が自己紹介をしたあと、世間話や他愛ないゲームや趣味の話をしばらくして、アーリアが一馬に目配せしたタイミングで本題を切り出した。


「それで、お仕事で何かあった?」


「…………あー……それで、今日?」


「うん。シルバーさんがね」


「あの、もし女性特有の事で、お話し辛いのでしたら……」

 

「いや、そんな事は無いわ。お気づかいありがとう一馬くん。その〜……まぁアーリアちゃんは察してそうだけど。仕事上の人事トラブルなのよ」


「人事トラブル?」


「……やっぱり?」


「高齢化。酷いでしょ? それも国交省と都が、まだ居座って幅利かせてるから……」


 まだ未成年である一馬にも分かりやすいように、噛み砕いて聖は説明を始めてくれた。

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