第20話 巫女服好きのカズマくん(1/7)

 狩る者の眼にこそ、鮮血は泡立ち、あふれる。

 咆哮を捧げ緑に踏み込み、やぶを抜け、川をこえ、獲物を追う。


 生の祝福。若き衝動。野を駆け、獲物を追う。

 

 月。夜と、まばゆき月に吠える。

 美しき月に、その綺麗な首筋に、我々ぼくが、牙を……。


 ………………アー、リア?


 ふと、目が覚めた。


「夢……?」


 知っている壁紙。自宅の壁だ。真っ暗で真夜中、今日は隣人のあえぎ声も聞こえない。


 全力疾走したみたいに、びっしょりと汗をかいている。


 隣で、はだけた巫女服姿の、短い髪のアーリアが、首筋から血を流して、倒れてる……。


 ひどく、淫美。喉が、渇く。現実感が、無い。


 ふらふらと谷間に目が奪われる。


 ゆらゆらと胸は膨れてしぼむ。


 すらすらと足は艶めかしい。


 あかあかと唇が目を引く。


 カラカラと喉が渇く、グルグルと喉が鳴る。


 夢。まだ夢だ、夢のはずだ、間違いない。


 彼女は傷つかない。負けるわけがない。


 人間ぼく程度が、彼女に太刀打ちできるわけがない。


 負けるとしたら、それは、彼女を犯す時。

 彼女が、僕を、受け入れてくれる時……。


 だから…………。


 彼女を、けがさないと。

 刻まないと、少しでも刻まないと。


 そうしないと、きっと彼女に何も遺せない。


 覆いかぶさって、昂りのまま、彼女を……!


「ああガアアっ!?」


 部屋を飛び出す。全力で、欠けた月を目指した。



◇◇◇



 アーリアの朝は早い。4時半には起き出して、暗い中ボス猫とナワバリを散歩し、集中して鍛錬に汗を流す。


 走り込みや基礎的な筋トレを行ったあと、アーリアは竹で制作された、鹿威ししおどしに近づいた。


 ストッパーをかけ水道をひねると、だくだくと水が竹の口からあふれ出てくる。


 スッ……と、半眼にまなざしを引き締める。


 手刀を構え、深く、深く、水の流れを見極める。


 ぬたっと。アーリアが手刀を、水の流れをわずかも崩さず、斜めに通した。


「よし、今日も調子良いね」


 何度か手を開いては閉じる。手はまったく、水に濡れていなかった。


 猫たちがすべて目を覚ます頃。水道で汗を流し、巫女服に着替えて境内を掃除する。


 ボランティアが手伝う事もあるが、一週間別々の場所の掃除を行い、境内は清潔に保たれていた。


「え、カズマくん……!? どうしたのそんな格好で……!?」


「あ、アーリア。あれ、僕……?」


 鳥居の真下に、子猫を抱いた一馬が立っていた。

 彼は裸足で、右腕と左足が破れた寝巻き姿だった。


 まるで部屋から飛び出して、何度もやぶの中を突っ切ったかのように、ボロボロだった。


「一体どうしたの! ……強盗にでも、あった?」


「わ、わかんないけど、変な夢見て……あっ」


 子猫が驚いて、一馬の腕の中から飛び出した。

 爪を立てるようにアーリアの巫女服に飛び込む。


 アーリアは指先だけで子猫をキャッチして、空いている手で一馬に杖を向けた。

 

 虹色の光が、何度かまたたく。


「ああそっか、朔の夜が近いからかな……?」


「朔の夜?」


「あのね。熊さんとの結びつきが、少し深まってるの。どんな夢をみたか聞いて良い?」


「う、それは……」


 素直な彼にしては、珍しく顔を背けて言い淀んでいる。

 アーリアはそれだけで、ピンと来た。


「何か、何度か自然の、いや、たぶんダンジョンのどこかを駆けずり回って、獲物を追いかけていて……」


「アーリアが出てきた?」


「……それで、部屋を飛び出してからは、良く、わかんない……」


「そっか。少し野生に返ったんだね」


「野生に?」


「えっとね。人間だって天然自然の一部なの。だから、何もおかしな事じゃ無いんだよ。カズマくん」


「自然の、一部……」


「とりあえず。靴持ってくるから待ってて、足をケガすると悪いから、動いちゃ駄目だよ?」


 子猫を抱いたまま、アーリアは自宅に向かって歩き出す。

 結い上げた髪の隙間から、目に飛び込んできた白い首筋に、一馬は必死に目を背ける事しかでき無かった。



◇◇◇



 朝食をご馳走になり、一馬はアーリアの提案に従って、学校を休む事にした。


 一馬はアーリアと共に洗い物を終えたあと、猫たちに餌を配りながら遠くを見つめていた。


「どう、少しは落ち着いた?」


「うん。ごめん、今日は出勤日だった?」


「ううん。どうせ1日、境内の掃除しようかと思ってたから……」


 アーリアはフリフリと巫女服の袖を振り回して、子猫がそれを「ギニャー!」と執拗に追い回している。


 微笑ましい光景だが、一馬はアーリアの巫女姿に釘付けにされていた。


「………………いい」


「え。ええっと、なぁに、突然?」


「巫女服」


「巫女服? えっと、本職じゃ無いけど、管理を任されてるのは、アーリアだから……」


「ああ、うん……」


 どこか上の空な受け答えに、アーリアは少し距離を取りつつ、一馬の表情を良く観察してみた。


 目が怪しい。呼吸も、はふっ、はふと切なげで、明らかにメスをムチャクチャにしたい、オスの欲望に満ちた、真っ赤な顔つきをしている。


 吸い寄せられるように、アーリアにふらふらと近づいてくる。


「ひゃっ!? ちょ、ちょっと、カズマくん……?」


「アーリア……」


 抱きしめられる直前、指先で胸元を、トンッと触れる。それだけで一馬は動け無くなった。


「あれ、動けない……?」


「まだダメみたい。……そ、そんなにっ、好きなのっ? 巫女服……?」


「故郷の人間に、好きじゃない男はきっと居ないよ?」


「えぇっ……なぁにそれ、ぷっ、そんな必死な顔でっ、変な人間さんたちだねぇ」


 アーリアが笑う他愛ない会話のおかげで、少し冷静さを一馬は取り戻せた。同時に、以前から気になっていた疑問が湧く。


「前から気になってたけど、アーリアはもしかして、……人間じゃあ、無いの?」


「ふぇ?、アーリアは、ただの……」


 答えようとした途中でぶるぶるぶると、アーリアの胸元が振動した。

 巫女服のふところから、スマホを取り出す。


 アーリアの握るスマホには、シルバーからのSNSによる、ダイレクトメールが届いたと表示されていた。

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