第15話 地上最強の力ずく(4/6)

 何度かロープを駆使して、ゴブリンや他のモンスターが掘った穴を降りる。


 5度降りた頃。前方に2mはある濁った黄色い目の巨体が、何体ものそのそと歩いていた。


「(モンスター、手ぶら下げボガートさんだね。入口付近に出るの、珍しい)」


「(強いの?)」 


「(強いより厄介。凶暴で、軽度の未来視が……!)」


「ヴァッフ、バッファ、ぐげゲゲゲゲゲゲ」


 群れのリーダーだろうか、月蟲の光に気づいたのか、いきなり振り返って、棍棒を振り回し始めた。


〝手が腐らない奴だ!? 〟


〝クランでも手を焼く怪物共か〟

〝何あの背中のコブ。顔みたいでキモッ〟


「来るよ!! 出し惜しみは無しで!」


「ヴォ、ロロロロロロ!!」


 先手は長い手を持つボガートたちだった。一斉にこちらを向くと、首にぶら下げた動物の頭骨を投げつけてくる。


〝すげえ猫背〟

〝さっきのは使えないの!? 〟


〝読まれるんだろ。こいつらTDDでも、こっちの魔法全体攻撃読んで来るし〟


〝猫背過ぎて、胸に顔が付いてるみたいw〟

〝1、2体さっきので倒せても、囲まれる方が厄介か〟


「とっ、よいしょ!!」


「…………!」


 アーリアは頭骨を足裏でキャッチすると、サッカー選手のように、勢いよく蹴り返した。


 フッ……と、ボガートが僅かに身を引く。

 最小限の動きで、蹴り返されるのがわかっているような動きだった。しかし。


「グロロォ!!」


「グゲェ!!?」


 一馬がシルバーのように細かくステップを踏み、接触距離まで迫って、蹴り飛ばされた頭蓋とほぼ同時に、黒爪で切り裂く。


 喉元をざっくりと抉り取った一撃は、いとも簡単に2mの巨体を吹き飛ばし、周囲の群れは分かっていたかのように、一歩引いた。


「ロロロ、グロ、ヴォぉ!!」


「合わせるから、だめなら同時攻撃で!!」


〝あんな見た目なのに、動きスマートwww〟

〝ヌルヌル動きやがる! 〟


〝吹き飛ばしても、巻き込みも狙えねえのか〟

〝厄介だなwww〟


〝エルフさんがんばえー!! 〟


 アーリアが身を捻って飛び上がり、頭上から蹴りかかる。


 ボガートの右腕1つに弾かれると見せかけて、太い腕の影で自らの足を抱え。縦にくるくる上昇し、逆5回転。


「てえぇいっ!!」


 足先で掬いあげるように、ボガートの顎下をカァオンッ……!! と蹴り貫く。


 相手が弾く勢いを完璧に利用する、小柄な身体を生かした得意技である。


 アーリアの研ぎ澄ました蹴りの一撃は、砕くでも、貫くでも無く、接触面周囲を「完全消失」させる。


 距離にして。中心角から最大25° 最大8000km。おおよそ東京から、ロサンゼルス相当を蹂躙可能じゅうりんかのう


 これは、あくまで地球が球形であるための最大観測可能距離であり、本来の到達余波はもっと広がりかねない。


 そして、威力は彼女の体調にもよるが、エネルギー換算で、水爆実験で使用された爆弾の「1700億発分相当」である。


 無論。無駄な消失を起こそうと思えば、星を削る程度など、造作もなく彼女はできる。


 だが、ダンジョンを不用意に傷つけないために、極限まで効率化させた技で、最小限度の破壊を引き起こすのが常である。


 故に、蹴りぬかれた頭部は、そこだけ綺麗にぽっかりと、かき消された跡が空いていた。


 なお、この技術に魔法は一切、関係が無い。


 極限の努力スキルにこそ、唯一無二のアートが宿る。


 幾千幾万幾億を遥かに越える、彼女のきらめく綺羅星きらぼしのような執念、過酷な鍛錬により積み上げられた「美学の結晶」である。


〝おお、すげえ!! 〟

〝お見事!! 〟


〝隙を生じぬ2段構えwww〟


〝中国雑技団みたいだwww〟

〝こりゃ先読みできてもかわせんな〟


〝音がすげえ、高級な鐘の音みたい……〟

〝なんて綺麗な音だ……、殺しのテクなのに……〟


 マフラーのように首に巻いていた腕を引きちぎり、ボガートが振り回し始めた。


「グゲェ! グゲェ! グゲェエ!!」


「グ…………!」


 一馬にはリーチが長い。攻撃を防いだ、アクリル製シールドが飛ばされる。


 勝機と見て両腕で握り、思いっきりボガートが地面に腕を叩き付けようとした。


「ロッ……オォオ!」


 タイミングを合わせて、クマの右腕を振り抜く。

 予知したせいで一瞬迷ったボガートは、渾身の一撃をそらされた。


 無傷ではなかったが、一馬は蛇のように腕に巻き付いて、巨大化した腕と脚で思いっきり砕いた。


「ギャッ!? ……ギ……アァバ!!?」


〝砕いた! 〟

〝流石の馬鹿力www〟


〝あっ、なるほど……〟

〝避けれねえ攻撃なら利くか〟


 痛みに怯んだ隙を見逃さず、アーリアが頭部めがけて、風の魔法で切り裂いた。


 残り4体。形成不利を悟ったのか、後方で石を投げてきたボガートたちは、全力で逃げ出した。


「追う?」


「はふぅ……やめとこっか。一度休憩を入れないとね」


 アーリアが示した時計は、午後5時目前を示していた。


「ボガートさんは、血液と鼻垢ビコウが薬の材料になるから。初心者や初級者は最低でも一体に3人で囲んでね。それと、雷撃は極端に利かないから、忘れないで」


〝はーいエルフてんてー〟

〝エルフ先生ー彼氏いるのー? 〟


〝スリーサイズはー? 〟

〝どんなパンツはいてるの〜? 〟


〝コメが慣れてきて悪質な学生になってるwww〟

〝現役もいるぞ! 〟

〝JKもいるぞ。あがたてまつれ〟


「彼氏? いるよー」


「え」


 ボガートの討伐証拠である耳を、変わったナイフでソリソリと剃り落としながら、アーリアは何でもないように答えた。


〝マジ? 〟

〝おいおいおい〟


〝えーファンだったのに……〟


「今は、主人公ダイアンくんが彼氏だね〜」


〝あーなる〟


〝ダイアンくんか〟

〝誰? 〟


〝ソシャゲの主人公だよ〟

〝あれ、でも彼女持ちみたいなもんだよな。ダイアン君〟


〝寝取ってる前提……だと? 〟

〝なん……だと……? 〟


「何いってるの、もちろんバクティちゃんごとだよ?」


〝wwwwww〟

〝www〟

〝wwwww〟


〝草、いや、百合もかww〟

〝大草原不可避www〟

〝咲いてやがる。遅すぎたんだw〟


「二人ともアーリアのこと、好きだものね。スリーサイズは見ての通りかな……」


〝お、おう〟


〝そっかー好きと来たかwww〟

〝様子のおかしい先生ですwww〟


〝正直すまんかった〟

〝ごめんて、てんてー〟


「パンツなんて卑猥なこと、女性に聞いちゃダメだよ。下着はその……エ、エルフ色、ね」


〝ヒュー!! 最高だぜwww〟

〝赤くなってんのかわいい!! 〟


〝あーエルフ先生に叱られるの、最高なんじゃーwww〟

〝叱られるのは素直に性癖です〟


〝恥じらうの最高すぎかっ……! 〟

〝男子ったらサイテー! 〟


〝一馬くんは〜? 〟


「昔付き合ってた子は、いたけど……」


 背中を向けて作業をしているが、アーリアが器用に長い耳だけ、くりっとこちらに向けたのを見て、一馬は詳しく言葉にする事を止めた。


「それだけ、ですね。うん」


「ふ、……ふーん、居たんだ、ふぅ〜ん」


〝おっとぉ……? 〟

〝…………ムフフゥ〟


〝耳、そうやって動くんだ〟


〝れんあいえいぎょー? 〟

〝男子キモ〟


〝ちょうど足りなかった。助かる〟


「じゃ、じゃあ、ここまでのまとめだけど……」


 アーリアは今回の配信でアドバイスできることを、視聴者に噛み砕いて、まとめてもう一度説明した。


「アーリア達もまとめ作った方が良いかな?」


〝wikiならもう有志が作ってね?〟

〝あるな。→http………〟


〝後は編集とかすれば良いんじゃね? 〟


「あ、もうあるんですね。ありがとうございます。では、今度編集させて頂きます」


「少し配信も休憩して、ガチャでも引こっか」


「……また、樹の実だけになっても知らないよ?」


〝出たwww〟

〝樹の実w〟


〝やっぱ普段から樹の実なんだwww〟

〝あーそっか、まだ案件貰ってないから、ガチャは映せねえのか、残念www〟


「り、臨時収入もあるし、少しくらい行ける行ける!」


「また僕に引いてって泣きつかないでよ?」


「ふんだっ! 今回は1回づつしかしないもん!」


 一馬はため息をつきながら、どうせ彼女のガチャは思う通りの結果には今回もならないなと、なんとなく予感を覚えていた。



────あとがき────


マスクデータ更新!


ユニークスキル


星潰しストライク・スター


 アーリアの通常攻撃にして、必殺攻撃。

 2000年に及ぶ膨大な鍛錬と、執念によって研ぎ澄まされた、万能攻撃技法。


 ある程度の水分量を利用した、特殊かつ極シンプルな鍛錬方法「雨切り」により磨かれた、生涯の集大成とも言える美学の結晶。


 星の地軸に干渉できるほどの能力を持ち、それに伴う崩壊、消失を引き起こす。

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