第13話 お星さまの重さ(2/6)

 アーリアが陶器で出来た小瓶を揺らし、コルクの栓を抜いた。


 ふわり、と。光球が三つ、宙を舞う。


 小さな羽音を三つ響かせて、硝子のように蒼白な、月明かりの輝きが、アーリアの肩に寄り添う。


〝きれい……〟

〝わ~お……〟

〝エルフ〟

〝妖精みたいな光だw〟


「ダンジョンの奥地に居る、月蟲つきむし。3年は死なない虫で、犬並みに頭が良いの」


 3匹の光源に照らされて、周囲の光景が浮かび上がる。


 何らかの法則性を持って、等間隔に並んだ「柱」と「多重構造」が連なる。


 ゴブリンなどの、穴掘りが得意なモンスターが掘ったのだろうか。


 奥まで光が届き、一切の光源を無駄にしない。光を取り入れる為だけの、数々の穴。


 まったく別世界の建造物が、地下を侵食し朽ちたのか、それとも古代から、このような構造だったのか。


 未だ、考古学者にすら、全容を一欠片も見せぬ秘境。


「ダンジョン」世界で新しく発見された、未知である。


「早速発見。分かるかな、カズマさん?」


「これ、岩の苔、踏み潰されてるね」


 二人が見下ろす先に、月蟲がふらふらと飛んでいく。足跡が2対。ゴツゴツとした岩道に点々と続いている。


「モンスターが、二匹?」


「ううん」


 パリリッと、何かが弾ける音と、ドサッと何かが落ちる音が響いた。


「え……なんだろう……?」


「クマの止め足。踏んで戻って、横に飛んだの。二匹は囮。三匹は監視だったね」


 月蟲が照らすと、ゴブリンが三匹。白目を剥いて倒れている。


〝ファ……!? 〟

〝はい? 〟

〝い、いつの間に? 〟

〝巻き戻しても分かんねえぞ!? 〟



「これ、は……?」


「気絶させただけだよ」


 アーリアは杖も向けず握り、地面にほんの僅かな雷撃魔法を放って、ゴブリンを気絶させていた。


〝魔法ってこんな事もできんのか

〝巻き戻しても、雷撃が、ほとんど見えない……

〝テーザーガンよりすげえやwww


「そういえば聞いてなかったけど、以前はどうして失敗したの?」


「同じように、ゴブリンの足跡を見つけて、追いかけて……」


「誘われたね。ゴブリンさんは弱いけど、その分斥候としては、常に必死で一流だよ。精進してね」


「う、うん……」


「よく観察すると良いよ。でも、見すぎて隙を晒しちゃダメ。今回はいっぱい見てね」


 トントントンとアーリアが軽やかに、ゴブリンの胸元を足先で蹴ると、それだけで彼らは呼吸もなく、脱力したように微塵も動かなくなった。


〝あっ〟

〝なんて鮮やかな……〟

〝小鳥が跳ねてるみたいなのに……〟

〝南無〟


「さて、視聴者のみんなにも先生から問題クイズです。ゴブリンさんたちは二匹で戻って、どうするでしょーか?」


〝え、仲間に報告する? 〟

〝身を固めて迎撃する? 〟

〝TDDなら、増援ありかな……〟


「そうだね。TDDなら動かない限り、敵と会敵エンカウントはしない。けどね。それはゲームみたいに6人編成だった場合、あくまで高確率な可能性のお話」


「……襲いかかって、くる」


 ザワザワと泡立つ肌の上で、戦慄と黒い毛が踊る。

 周囲の穴という穴から、見下ろす不気味な双眸そうぼうが増えていく。


「加えて、先日勝ったばかりで調子づいてる。そこに以前と同じ匂いがあるなら、アーリアでも襲ちゃう」


 一馬は目を奪われて、獣にもなれなかった。


 抱けば潰せそうな華奢な身体が、腕を広げる。

 静かに目を閉じて、そのままうつむいている。


 まるで、舞台の上で、観客に静寂せいじゃくを促すような。

 まるで、空の上から、フワリと降り立つような。

 まるで、湖面の上に、足の先だけで立つような。


 三匹。月の蟲が輝き、彼女を照らし上げる。

 神秘ふしぎが、起こる。


 アーリアがただ静かに、波紋を広げるように。足先で地面に触れ、軽やかに蹴り抜く。


 巨大な水槽の中で、水底を強く叩いたような。重い音が響く。


 「めぎょり」と、世界がたわんだ。


 ギリギリと弓を引き絞っていた30匹以上のゴブリンは、一匹を除いて、全て装備していた弓ごと無惨に倒れた。


〝え? 〟

〝なに、さっきの音……? 〟

〝楽器みたいな音の後に、なんだ? 〟

〝あれ、ゴブリンは……? 〟


 一馬が聞いたこともない深みのある音に、数歩進んで確認すると、奇妙に捻くれたゴブリンたちが、息を引き取っていた。


「うわっ……な、何をしたの。アーリア……?」


「足の先で、地軸を蹴って、彼らを潰したの」


「………………はい?」


 言葉は、辛うじて理解できた。だが、目撃していた誰の心にも届かなかった。


「だから、星の重さで潰したんだよ。それだけ」


「………………」


〝………………〟

〝………………〟

〝………………〟


 同時接続者数同接4万3000人近くが、一斉に言葉を失うしか無かった。


 耳が痛いほどの、長い静寂と沈黙が過ぎていく。


〝月の、エルフ……〟


「そんな畏れ多い者じゃ無いよ。ただの戦士」


「ど……………………どう、して?」


「どうやってって……いっぱい練習したの」


 ホルダーに入れていたスマホのコメントが、一斉にストップしていた。


 アーリアは故障か何かだと思い、しばらく設定画面を呼び出し、トントンと指先でタップし始めた。


「私たち、二足歩行生物が生涯一番することは、例外を除いて地面を蹴る事。歩む事。一番、大事な事。それが答えだよ?」


〝…………〟

〝…………〟

〝…………〟

〝…………〟

〝…………〟

〝かいぶつ〟

〝おい〟

〝いや、だが〟


「違うよ。……あのね。残忍な怪物モンスターなら言葉は通じない。アーリアは生命がいくつもある訳じゃない。ただの長生きな生き物でしか無いよ」


「……アーリア?」


「あ、これ、また何かやっちゃいましたって、言うべきところ?」


「……ぷっ」


 一馬は笑った。盛大に吹き出して笑った。目に涙を浮かべて、まるで今さっき、自身が生まれたように笑えた。


 あるいはそれは、本当に何かを諦めた笑いだったのかもしれない。だからこそ滑稽で、痛快で、何よりも愉快に感じる事ができた。


〝ははっ、そうだな。笑うしかねえや〟

〝すげーしか、言葉がでてこねえ〟


〝魔法なのかね? 〟

〝もうフェイク動画だろうが、魔法だろうが、関係無くね? 〟


〝違いねえw〟

小異さいでしかねーな。この御仁の前では〟


〝妖精である、エルフ様を賛美、賛美せよ……! 〟

〝もう、何が飛び出して来ても驚かねえwww〟


「あ、ちなみに、ゴブリンに囲まれちゃったら、初心者は壁に背をねぇ……?」


「いまさらぁ!!?」


 彼女が怪物でない証拠。それは、もう彼女は一人で無いこと。笑い、驚きながらもその通りなように、一馬には思えていた。

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