第12話 アーリアのダンジョン教室(1/6)

 都内、秦代高校しんだいこうこう。昭和初期に創立し、960人ほどの生徒を有する学園である。


 一馬が通うこの高校は、先進的なクラブ、部活動が話題になる事が多い。


 OBには何人か優秀なダンジョン配信者も卒業していて、現在でも配信活動への支援も盛んに行われている高校だった。


「おうクマ吉、コッペパン買ってきたぞ」


「ありがとう。口に突っ込んでくれぇ……」


「カズくん、おつかれですねぇ……」


 すっかりこの2週間で、クマのあだ名が定着した一馬は、クラスメートの石川と清水に甲斐甲斐しく世話されていた。


 というのも、アーリアの助手に個人配信への手配、ダンジョン配信の特殊な収益化登録審査に、当初は学校中の生徒から質問攻めと、この2週間彼は怒涛の忙しさだったのである。


「やっぱよぅ、スタッフ紹介してもらった方が、良かったんでねえか、ウマ吉?」


 クラスメートの石川真司は、コッペパンをちぎりながら、一馬に餌を差し出すように食べさせ始めた。


 もそもそもそと、口を動かしながら彼は答えた。


「将来的には欲しいけど、まず実績が無いとね……」


「ダンジョン研究部の方でも、話題になってましたよ。オーバーワークは感心できませんと」


 ダンジョン研究部所属、清水禀が書類を片付けながら、呆れるようにため息をついた。


 彼がここまで疲れているのには、理由がもう一つある。

 

「アーリアが、機械ドベだったのはねぇ……」


 軍資金は先日の一件で多く得たが、アーリアは機械があまり得意ではなかった。


 パソコンのタイピングも人差し指で行う程度なので、機械面での事前準備のほとんどは、一馬がたった一人で駆けずり回る事になった。


 ダンジョン研究部の面々が協力してくれなければ、1ヶ月近く準備に時間を費やさなければ、配信活動できなかっただろうと一馬は思っていた。


「ま、なんにせよ体調整えて、……なんや?」


 真司がふと、ベランダに群がる生徒に気づいた。「きゃー! エルフさんだぁああ!」などと黄色い声を女生徒があげている。


「え、アーリア、来ちゃったの!?」


 驚きながらベランダに3人で向かうと、学校の敷地外、道路の向こうに彼女が居た。


 妙に派手な髪色をした、スマホホルダーを手に持った男性数人に囲まれている。


「きゃー! 本当にエルフだ!」「かわいい!」「ちっちゃい!」「あれ、そこそこ有名な迷惑系じゃね?」「あー売名目的かな、強引にコラボとか、よくあるじゃん?」「あるある」「エルフさん迷惑そう……」


「と、止めないと!」


「クマ吉!? 行くのか!?」


「早く止めないと! が……!」


「あのね。それには及ばないよ、カズマさん」


 声を聞いた瞬間。一馬はもう遅いと察して、頭を抱えた。


 いつの間にか彼の隣に、アーリアが立っていて、教室の中に道路に立っていた男が数人、ご丁寧に席に座って目を回していた。


「ご、ごめんください。いい天気かな……?」


「え、嘘。だってそこに……!?」


 ベランダの生徒たちが道路に振り返っても、アーリア達の姿は、影も形も無くなっていた。


「アーリア。魔法?」


「えっと、違うよ。こっちのお話を聞いてくれなくて、面倒だから少し気絶してもらったの。後は単純に担いで登っただけ」


 よく見ると、学校の壁には地面へと続く小さな足跡が残っていた。


「え、えっと、いつも助手のカズマさんが、お世話になっています。今度からフリーダンジョン配信者になる。佐藤アーリアです」


「あ、こちらこそ、ご丁寧に……」


「今日は突然、どうしたのさ?」


「え、えへへ、油断してるとストボスの子達に、また世話焼かれちゃいそうだから、逃げ出して来ちゃったの。ほら」


 アーリアの差し出したスマホには、コミニケーションアプリに、しつこく「姉御どこ!」などとメールを送られていて、可愛らしいスタンプで、しつこいとやんわり拒絶されていた。


「それに、久々に人とダンジョン潜るから、早く行きたくって……」


「か、かわいい……!!」


 もじもじと照れながら愛想笑いをするアーリアに、周囲の生徒数人は、またしても黄色い声を上げ始めた。


「あれ? カズマさん、何か疲れてない?」


「ちょっとだけ。でも準備は全部できてるよ」


「さっすが。じゃあ、えっと、明日から予行練習を含めて、初心者向けダンジョン教室を配信するから、みんな、良ければ見に来て?」


「ま、まって! せっかくだし、お話聞かせて下さい!」


 禀が思わず一馬の手を取って、立ち去ろうとした2人を呼び止めた。


 彼女は先日の雑談、訓練配信を視聴していた一人で、アーリアに話を聞いてみたかったのだ。


「ん〜……イェヒヒ。じゃあ、その人たちが目を覚ましたら、アーリアたちは、学校からもう出ていったって、みんなでぇ口添えしてもらってい〜い?」


 意地の悪い笑みを浮かべ、歪んだ口元を手で隠して、アーリアは生徒たちに悪巧みを持ちかけた。


「良いね」「ぷっ、最高……!」「どうせ人に迷惑かける輩だしなぁ……」「エルフさんマジエルフだわ」


 彼らは一人残らず、楽しげな悪巧みに賛同した。

 

妖精エルフさんの詰まった宝箱に手を出そうとしちゃうんなら、ちゃんと相応に難しくなきゃ、だよね?」


 アーリアたちはダンジョン研究部の部室で、迷惑系配信者たちが、必死にアーリアたちを探す姿を視聴しながら雑談し、楽しい時を過ごす事になった。



 ◇◇◇



 翌日、準備を整えた一馬とアーリアは守衛に通行許可を貰い、細かく荷物をチェックされ、ダンジョンの入り口近くで準備を整えていた。


 年配の守衛たちは、常連のアーリアに、親しげに話かけている。


 アーリアはかなり古めかしい、どことなく植物を思わせる色の、薄い服とチェニック、緑と紺色を基調としたカチューシャとベール、剣の柄のような変わった部品のついた、光を照り返すベルトに身を包んでいる。


 一見中世のコスプレのような服装だが、よく見ると使い込んだ品だと分かる。


 一方、一馬の装備は近代的で、懐中電灯付きの安全帽。炭素素材で制作された、近代的デザインの片刃ハンドアックス。


 半透明なアクリル製シールドと、小さな最新式のドローンを、バッグに吊っていた。


「よし、忘れ物は無い?」


「無いよ。オープニング撮るから、よろしくね」


「うん……緊張しちゃうけど、配信、始めるよ」


 SNSで告知した通りの時刻。チャンネル登録数18.9万人。

 土曜ということもあり、3万人近い視聴者が待っている。


 アーリアにとって初めて自から行う、配信活動が、始まった。

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