第9話 ハンデをあげる。右の人差し指と、左の小指だけでいいや (5/6)

 部屋に移動すると、ストロング・ボックスのメンバーが、訓練用の木剣、ヘッドギア、実戦さながらの特攻服風防護服などを準備していた。


「集音マイクの準備! OKッス!」


「ここから彼らは、コメントの確認をできなくなりますので、あらかじめご了承下さい」


「何か使うか?」


「よっと。とりあえず良いかな。アーリアのサイズに合うの無いだろうし」


 アーリアの服装はパンツルックだった。

 動きやすい格好で、軽やかに両手と片足を持ち上げて、バレリーナのように頭上でクロスさせた。


〝柔らか!? 〟

〝ヨガって凄い〟

〝総長硬すぎw〟


「固いね、ケガしやすくなりません?」


「お前も同じくらいじゃねえか。背中押してくれ、一馬」


「ダンジョン探索で一番重要な事って、なんですかね?」


〝なんだ佐久間プロ、唐突に? 〟

〝武器じゃね〟


〝経験とかか? 〟

〝そこは事前準備だろ? 〟


「そりゃ幸運だ。家は自由と幸運がモットーだからな」


「うん、いいセンスしてる。完全に同意だもん。アーリアなんて、特に運に恵まれないし……」

「そうかな。普通だと思うけど……?」


「だって今もこうして絡まれてるでしょ? 昔から悪運が強いの。幸運は真理だよ、間違いなく。運が良ければ、例えば……」


 アーリアはシルバーの背中を押す一馬と目を合わせて、軽やかに微笑みかけた。


「えへへっ。死にかけてる時に、たまたま魔法が使える人に助けてもらったり、ね?」


〝なるほど〟

〝納得しか無いw〟


〝確かに運の良い事例だ〟

〝これ以上無い説得力w〟


「アリーアは今まで、ほとんどカリカリくんの当たり、引いたこと無いよ?」


「あん? 1、2年に、1回くらい引けるだろ?」


「それぐらいですよね?」


「え、あれって、2ヶ月に1回は引けるもんじゃないの?」


「ね、これだけ差があるでしょ? とゆうか、そんなに運が良いの? ……噛みついちゃおっか?」


 歯を凶悪にガチガチ言わせながら、一馬にわざとおどけるようにアーリアが近づいた。


 今度は一馬が彼女を受け止めて、どうどうと落ち着かせていた。


〝カワイイw〟

〝でもコワイwww〟

〝ぼ、僕もエルフさんに……いやでも痛そうだな〟


「じゃ、柔軟も終わったし、やろっか。ハンデをあげる。こっちから触れるのは、ほとんど右の人差し指と、左の小指だけでいいや」


「あぁ!?」


 馬鹿にするような言い草に、流石に聞き捨てならなかった。シルバーは反射的に青筋を立てた、が。


 直後、ここまでのやり取りで、アーリアがただの安い挑発で、こんな発言をする人柄ではないと、彼は冷静に勘づいた。


 なにより、彼女はくつくつと薄く笑っていた。


 瞳が淀み、人外を示すように。横に伸びて不気味に歪んでいる。


 まるで、あの日対峙した。ナワバリを犯されて、信じられないほど喜ぶように激怒していた、魔狼のように。


 己が彼女の逆鱗に、戦士の逆鱗に触れたのだと、己が戦士であるが故に、確信した。


「……随分イキり散らしてくれるな、吐いた唾は飲めねえぞ?」


「あのねぇ。先に怒らせたのはそっち。アーリアと彼を笑いものにした。逆に聞くけど、その時点で殺されても仕方ないと、本当に思えない?」


〝ハンデ付きってマジ? 〟

〝バチクソ、キレてる……〟


〝総長何したんだよ〟

〝いや、舎弟っぽいな、多分〟


「なら、謝らせてみろよ力尽くで、と言いてえ所だが、……悪いのはヘラヘラ笑ってやがるこっちだな。俺は勝ち取れれば良かったけどよ」


「うん。君は真剣そのものだった……。でもね、もっとも気に入らないのは、女子供と思って、付け込めると見下して彼らが笑ってた事だけどね。見え見えで反吐しか出ない」


 佐久間プロも、シルバーも、ぐるりと周囲を睨みつけて、それでもハハ……ハハハ……、ヘヘ……、へへへ……と媚びるように、ヘラヘラ笑っているだけの数人を咎めた。


 シルバーは自身の舎弟の質に失望し、諦めたような、深いため息を吐き出した。


「言い分はわかった。そっちが正しく、クラン加入を断ったのも100%納得した。だからこそ、惜しいとは思うけどな?」


「良いよ、アーリアが負けたら、それでも入ってあげる。でもアーリアが勝ったら、ヘラヘラ笑ってる子達に、ちょっと地獄に付き合って貰う」


「……なんだと?」


「探索者らしく冒険をして、宝箱を開いてみなよ、自分の手が、本当に宝物に届くって、今。心から信じられるなら」


 胸の前で、手を折り畳むように交差する。


〝マジでやるのか、あの体格差で……〟

〝…………けど〟

〝……ああ〟


「あ、アーリア……?」


〝なんで、あの総長が勝てるって、欠片も思えねんだ……? 〟


 シルバーも、片手に木剣を油断なく構えた。

 彼は一切油断も容赦も、躊躇ためらうつもりも無かった。


「来なよ。それとも。……あの旗は、人様を見下すためだけの物なのかな?」


「なわけねえだろ! 上等だ行くぞ、オラァ!!」


 リノリウムの床を踏み込み、全力で左手に持った木剣を振り下ろす。


 アーリアはただ腕を開き、スイッと左手を剣筋に、添えただけに見えた。


 それだけで、完全に剣筋をそらされ、木剣は当たらなかった。


「銀二! 離れろ!!」


「あぁん!?」 


 佐久間プロの言葉は間に合わず、アーリアは右手人差し指1本で、剣を握った左腕を強めに押し付けた。


「いっっっでででえぇえええ!!?」


〝何したんだ今の!? 〟

〝あの総長が、すげえ痛がってる……!? 〟

〝指、押し込んだだけだよな? 〟


「甘い。まだまだ伸びやキレ。関節の使い方自体が甘い証拠だよ」


「な、何しやがったんだ!?」


「筋肉の一番緊張してる所を突いただけだよ。木剣を落とさなかったのは偉いけど、もっと伸びを意識する!」


「くっ……なら、これでどうだ!?」


 両手を広げ、大柄な身体を活かして、腰を低く構え、シルバーは突撃していく。


判断センスは的確。けど甘いよ!!」


 捕まえようと手を伸ばし、きっちり左手の小指が触れた瞬間。


 勢いそのままに、シルバーは後方の壁へと投げ飛ばされた。


「うぉおお!?」 


 荒く投げ出された身体で、見事に空中で一回転、壁を蹴って着地。再び襲いかかる。


「ちっ……なら、こうだ!!」


 深く踏み込み、接触距離からの蹴りを交えた連撃。シルバーは一瞬で5発は殴り、4発はまともに蹴りを入れていた。

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