第6話 バレて無い、バレて無いのぉ……!(2/6)

 戦闘を止められた一馬は、アーリアが馬を落ち着けるように首筋を撫でると、変化した右腕と左足も人の形に戻っていった。


「どうどう、どうどう……」


「グロロ……あ、戻った。本当に、僕の身体……」


「ごめんね。こうでないと、助けられなかったから……」


「良いよ。助けてくれてありがとう。アーリア」


 一馬の礼に顔をほころばせて応じて、アーリアは杖を構えた。


「まず、壊しちゃったところ直そっか。えい」


 アーリアが杖を一振りすると、それだけで公園の壁や道路の陥没は、時間を少しずつ巻き戻すかのように、元に戻って行った。


「うおっ、マジで魔法なのかよ……」


「これはこれは、良きお手並みで」


「え、えへへ……一流じゃないけどね。そういう貴方はそれ、……ナガマキ?」


「…………ほう」


「それも多分。鞘を飛ばせるナガマキだよね。サカサナガマキだっけ、お名前?」


 もう一度、サラリーマンはメガネをクィっと持ち上げ、空いた手を拳銃を取り出すように、懐に突っ込んだ。


 一馬はほとんど反射的に、アーリアへの射線を遮るために、躊躇ためらわず身を乗り出した。


「わたくし、ストロング・ボックスのプロデューサーを務めております。佐久間英雄さくまひでおと申します。以後お見知り置きを」


 佐久間プロは名刺を二人に差し出した。アーリアもポケットに手を突っ込んで、財布のような物を取り出した。


「え、えっとぉ「プラナヤーマ」って言うヨーガ施設の非常勤講師してます。佐藤アーリア、です」


 少し慣れない様子で、アーリアは印刷の褪せた名刺を佐久間プロに。ついでに、シルバーに手渡した。


 毒気を抜かれたシルバーは素直に受け取り、周囲からは「成人してんだ……」「坊やより年下じゃないんだ」「ゴールド持ってんなら、成人だろ。見えねえけど」「エルフって、働いてるんだ……」などと聞こえてきた。


「これはご丁寧に。この度は家の者が、大変ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。一度決めたら、このバカ聞かない物でして……」


「あぁん!? オメーらがゴチャゴチャすっとろいんだろうが!?」


「視聴者様に煽られたからって、急ぎすぎですよ。とは言え、喧嘩をふっかけて終わりはあまりにも体裁が悪い。どうです? カフェでビジネスのお話でも」


「うん。そっちの奢りでなら良いけど、条件がいくつか?」


「こちらの不手際です。すべて飲みましょう」


「良いよ。まずこれ」


 アーリアはシルバーに樹の実を手渡した。彼は少し不思議そうにそれを受け取った。


「一日一回しか効かないけど、治癒の実だよ。苦いけど噛み砕いてね。カズマさんはちょっと経過を見なきゃだから、少しずつ飲み込んで」


「お気づかい感謝いたします」


 シルバーは物怖じするのも嫌なので、噛み砕いて飲み込んだ。


「苦っえぇ……お、マジか……」


 深く出血していた頭部や腹部は、飲み込んだ瞬間、血が止まって痛みが消し飛んでいた。


 アーリアは少しづつ手先で赤い実を砕いて、一馬に食べさせている。


「うぅ……苦い」


「頑張って。飲み込めたら偉いよ。よしよし……」


「それで、他の条件とは?」


「シルバーさんだっけ。……決闘ごっこを、お姉さんと後でしよっか?」


「なに……?」


「アーリアの実力、見せてあげるよ。そのほうがシルバーさんは喜ぶんでしょ?」


 言動にイラッとしてシルバーは、無防備に背を向ける彼女に喰ってかかろうとした、が。


 なぜか一歩踏み込んだだけで、足はそれ以上動いてはくれなかった。



◇◇◇



 都内某所の高層ビル街、社員食堂。

 一般人にも開放されているそこで、少々場違いなガラの悪い男女たちと、一馬たちは話し合う事になった。


「ふふっ、ここ来たかったんだ。デザート美味しそうだもん」


「気に入って頂けて何よりです」


「オメェらも好きなもん頼め、んで首尾は?」


「一区切り話は付けて参りました。家のチャンネルからまず、取材して欲しいと多く要望がありまして。各クランを代表して、我々にあなた方を取材配信させて頂きたいのです」


「取材……?」


「内容は先々代……佐久間アニキの言う通り、この4人で雑談配信。後はまあ、一戦やるんならそれも配信だな」


「というわけで、ギャラはまずこの程度から、勉強を始めさせて頂きたいと、思うのですが……」


 佐久間プロが手渡した電卓には、50万と諸経費の金額が入力されていた。

 予想外の高額に、一馬は驚愕の表情を浮かべた。


「ごっ……!?」


「安すぎ。最低80万スタートでどうかな?」


「75。一定成功で、200でどうです?」


「お1人様?」

「お1人様」


「ん〜……お友達チャマー価格としては妥当だけど、アポ無しだし! キリ良く、もう一声!」


「……良いでしょう。先程の件もありますし、こちらが納得すれば、お二人で500と行きましょう!」


「は、はふぅ……だ、大冒険大成功。やったぜ」


 震える声で得意げに親指を立てるアーリアに、一馬は少し現実感が無くて。一見冷静に意見も出せず、たい焼きに噛み付くしかなかった。


「お時間とご都合は、どのようにいたしましょう?」


「べ、別に午後からで良いよ。でも雑談を含めて2時間だけね。カズマさんもそれで良い?」


「え、う、うん……」


「十分です。では皆さん、休憩が終わりましたら、準備を進めて下さい」


「押忍! じゃ、先に俺ら出ます!!」


 佐久間プロが号令を出すと、ストロング・ボックスのメンバーは、気合いを入れながらその場を後にした。


 佐久間プロが取り出したスマホには、アニメのシールが貼り付けられていた。アーリアはそれが気になり、思いついた質問してみた。


「と、ところで、佐久間さん。TDDやってるの?」


「プレイしたことは昔にありますが、あいにく忙しい身でして……」


「俺はやってるぞ。無課金だがな」


「みんな好きなキャラとか居る? アーリアはバクティちゃんと主人公ダイアンくん、だーいすき♡」


「僕の最推しはズルカルナイン。でも最近好きになって早く実装して欲しいのは、アーレアックだね」


「ブッフゥ!!!?!?」


 アーリアは一馬の一言で、盛大に吹き出しかけた。周囲の者たちは突然の奇行に、疑問を感じて振り返る。


「ど、どうしたの、突然?」


「は、はぁぁ……ちょっと縁があるって言うか、ど、どうしてぇ……?」


「そりゃ最近1000万ダウンロード記念で、満を持して象徴的に実装予定なら、人気出ねえほうがオカシイだろ?」


「最新シナリオ第6階層「財宝王迷宮ダンジョンロマンス」で、メチャメチャかっこ良かったもんね……!」


「わかる。運に恵まれねえ男が、仲間と魔窟で逆境を乗り越えて行く。王道で最っ高にシビれるよなぁ……!」


「うぉおお、おっふぅおぉぅおぉおうぅぅ……!」


 アーリアは突然、湯沸かし機のように顔が真っ赤になり、テーブルの上に顔を突っ伏して、生き物の口から聞いたこともないような声で唸り、足をバタバタさせ始めた。


 なぜならば何を


 かつて、いにしえの時代。探索者の元祖として名高い。歴史的大英雄。


 アーレアック王とは、アーリアがかつて民衆に称えられていた時代の名。そのものだったのだ。


 男性と後の歴史で残ってしまうほど、勇ましく栄光の日々を過ごした、遥か昔の自分自身。


 人に話せない「膨大なまでのヤンチャな冒険譚」も、振り返れば良い思い出だが、なぜあんな事をしたのかと頭を抱えるしか無くなる。


 数々の栄誉をモチーフに褒めちぎられれば、死ぬほど嬉しいやら恥ずかしいやら。


 長きに渡る一生涯最大の黒歴史とも言える功罪、とても自分から名乗り出れるものではない。


 信じて貰えるとも思えず、彼女の感情は激しく呻くしかないほど、もはやパンク寸前だった。


「なんだよ、お前もそんな気に入ってんのかぁ?」


「うぅうぅぅ……し、シルバーさんの、好きなキャラは!?」


「あん? へっ……俺に勝てたら教えてやるよ。佐藤」


「よ、よぉーし、絶対負けないからね。ふぅ……」


 一馬はアーリアの奇行に、そんなにアーレアックの事が好きなのだろうかと、真っ赤になった横顔を眺めながら考えていた。

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