第5話 戦士の口上 (1/6)
病院での検査の結果、一馬は健康体であると医師から診断が下された。
少し右腕と左足の一部に、黒ずんだ
「じゃあ、都内の高校なんだ?」
「うん、施設から出て1人ぐらし」
「へー……あ、あのね。遊びに、行って良い……?」
「良いよ。でもドローンのパーツで散らかってるからなぁ……」
「病み上がりなんだし、手伝……」
異音を感じて、ヒクヒクとアーリアは長い耳を揺らして、周囲を見回した。
「どうかした?」
「あのね。囲まれてる。何か、気合いの入った子たちに」
アーリアの声に応えるように、ガラの悪い男や女が姿を現した。
20人程だろうか、前後の道を塞がれて、通れなくなってしまった。
全員、ベルトやネックレスに銀色の金庫を模したような、キーホルダーを付けている。
「ストロング・ボックス?」
「おっとそっちの坊主は知ってたか。よう有名人。取材と落とし前。移籍の誘いにやって来たぜ」
褪せた銀髪オールバックに、左手首にタトゥーを入れている。
荒々しい毛皮のような服を着た。火は付いて無いが、タバコを噛んでいる男性が一歩進み出た。
「ストロング・ボックスの長、魔狼殺しのシルバーさん?」
「おうよ。そういうてめえは、まだ通り名無しの織田一馬だな。戦国武将みてえな名前で、かっけえな。で……」
シルバーが鋭い目つきをアーリアに向けた。一馬は視線を
周囲からは一馬の態度を馬鹿にして、吹き出すような笑い声が漏れた。
「アーリアだよ。何か御用?」
「そりゃ用はある。あのエリアは俺らが先に探索する権利があった。そっちのケツ捲って逃げるしか無かった坊主はともかく。先に漁ってたんならメンツ丸潰しだぜ?」
「こういう者だけど、ダメかな?」
アーリアは車の免許証に似た、金色縁の入ったライセンスカードをシルバーに見せた。
「なんだやっぱ
「断るよ」
「じゃ力ずくだ、実力を見せてみな」
シルバーは腰に帯びていた剣を預けると、両拳を顎の近くに構える臨戦態勢を取った。
アーリアは、ニタリと口元が切り裂けるような、凍りつく笑みを浮かべた。
先程から笑いモノにしていた周囲の若者達は、彼女の笑みを見ただけで、喉と口元を引きつらせ、少しも動かせなくなった。
「嬉しい。人間さんに戦いを納められるなんて、久しく。なら礼に、戦士の口上を返すね?」
「……なに?」
唐突にぱあんっ! と。
アーリアが一歩を、踏み込んだ。
「魔狼殺しの勇者殿! さぞ、魔たる狼との戦いは、心踊る物だったのだろう、しかして!」
一馬の目が紅く輝き出す。右腕と左足が黒く変色し、ザワザワと黒い毛が、肌の上で踊りだす。
一呼吸もおかず。彼の右腕と左足は服を突き破り、巨大なクマの物へと変化した。
「そなたは、我が救いし
「グォロロロロロロロロロロロロロロ!!」
アーリアの口上が終わると同時に、低く歌うような咆哮が響く。熊人となった一馬は、シルバーに襲いかかった。
「そ、総長ぉお!?」
「お前も毛皮付きかよぉ!!」
シルバーは恐れる事無く細かくステップを踏み、懐に飛び込んで、顎下を拳で打ち抜いた。
まったく怯む様子も無く。反撃に、ゾロリと生え揃った大きな黒爪が迫る。
1本1本が大ぶりのナイフよりも、遥かに分厚い爪の一撃。毛皮服を盾に片腕で受け、シルバーは大きく後退した。
アスファルトが、飴細工のように砕け散る。
破壊された後は、まるで隕石でも落下したかのように陥没している。
一馬は驚きながらゆっくりと、地面から腕を引き抜いた。
「なんつー馬鹿力……!」
「総長! 腕平気ッスか!?」
「ハハッ!! 魔狼より力は強えぞ! すっげえ!!」
子供のように顔を無邪気にほころばせながら、今度はシルバーから襲いかかる。
狙いは一点。一撃を加えた顎下を、もう一度見事なアッパーカットで捉えた。
一馬はぐるりと攻撃された勢いのまま縦回転し、巨大化した腕を支えに、お返しとばかりに黒い大足で反撃を試みた。
「ゴッフゥ……!?」
足の黒い大爪は、毛皮服に阻まれて貫通はしなかった。
だが、シルバーは公園の壁を3枚貫通し、頭から無防備に突っ込んでしまった。
「そ、総長殿ぉおお!?」
「テメェ! 良くも総長……」
「シャオラアアアアアア!! まだまだぁあ!!」
加勢しようとした部下を追い越して、
「ロォロロロロロロオオオオオオ!!」
一馬も恐れず、真っ向から両者腕を振り抜く。
一瞬の、
一歩も譲らぬ互角の衝撃は、互いに深い傷を与え、両者をもう一度吹き飛ばした。
「だぁああ、
「……えっと、一旦ここまでかな?」
「ですね。これ以上は死人が出ます」
アーリアの声に、応える者が居た。
ビシッとビジネススーツを着こなし、バーコードのような髪型をなびかせ。腰に一振りの刀を帯びている。
どこにでも居るようなサラリーマンのオジサンが、神経質そうに、メガネをクイッと人差し指で押し上げていた。
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