第4話 ガチャの妖精(1/1)

 彼女は、不思議な事に無数の猫に囲まれていた。

都心近くダンジョンにほど近い、自然溢れる郊外こうがいに、そのおもむき深い神社はあった。


 荒れ果てている訳では無い、朱色の長い年月を思わせる本殿は、静謐せいひつで何者もえりを正すしか無い、荘厳そうごんさを際立たせている。


 神社の奥に飾られた掛け軸には『羅刹天図像らせつてんずぞう』と、注釈が書かれていた。


「まるで、ダンジョンの深いとこみたい……」


「へぇ……わかるんだ。あのね。いらっしゃいませ」


 振り返ると、エルフがそこに居た。別段奇抜な服装をしているとは『感じ取れない』

 だが、彼女にはそうとしか思えなかった。


「えっと、アーリア、さん?」


「うん。アーリアさんだよ。電話の人かな?」


「はい。お電話頂いたブルーフェザーの副長、鈴木冬子です」


 不思議だった。どう見ても彼女の方が年下なのに、敬語で無いことを、注意する気が起きない。


 それどころか、こちらの方が敬語で喋っていることが、なぜか失礼に感じてしまう。


 むしろ、大人が小さな子供を威圧しないように、わざと親しみやすい言葉を選んでもらっているような、奇妙な感覚。


「はじめまして。カズマさんは電話でお話した通り、元気だよ」


「はい。この度は、当クランの者を助けて頂いた様でして、誠に……」


「堅苦しいのはやだよ。敬語もいらない。猫さんたちのご飯も待たせてるし、行こう?」


 神秘的な光景だった。じっと見つめていた猫たちが、鳴き声もあげず、彼女に付き従い歩いていく。

 ほんの僅かに、息苦しいと冬子は感じ始めた。


「別にみんな、悪いことしなければ、取って食べたりなんてしないよ?」


「あ、はい……」


「……あのね、TDD好き?」


「あ、えっと娘が好きですね。一緒にやってます」


 しばらく雑談しながら歩くと、緑に囲まれた庭園に、古めかしい屋敷が建っていた。


「副長」


「一馬くん。身体は大丈夫?」


「今お茶淹れるね。猫さん達〜ご飯だよ〜」


 アーリアは杖を一振りして、普通にお茶を持って戻って来た。猫たちはいつの間にか、一匹もいなくなっていた。


 裏手の方でカリカリと、餌を喰む音が聞こえている。


 冬子は事の顛末てんまつを2人から聞き出して、説明を受けた。


 そのうち食べ終わった猫の一匹が、アーリアの膝の上に座った。冬子はスマホをタップして、一馬たちの配信動画を表示した。


「動画?」


「うん。これを見て」


「おー……Dチューブで、よく見るのだ?」


「いや、これアーリアだよね?」


「へ? あれ? 言われてみれば?」


「これは切り抜きですが、それだけでも5万再生を越えてるの。これはちょっと……」


「えぇ!? 本当に……!?」


「5万、5万かぁ……多いね?」


 一馬が驚きながらスマホを取り出す前に、冬子がスマホを操作した。


「一応公式だって声明は出してるけど、みんなこぞって検証してるわ」


 「エルフ」「魔法」「ダンジョン」で検索すると、ズラリと検証動画がリストに立ち上がって来る。

 その中には、一馬もよく知る有名検証者の名前もあった。


「お祭りみたい……」


「これは……楽しんでますね。検証勢」


「まったくね。でも彼らのおかげで気づいた事も多いの。間接的に生命を救われた事だってあるわ。悪い様にだけはできないわよね」


「フェイク連中よりか、よっぽど協力的ですものね……」


「それで、せっかくクランに入ってくれて、活動を始めたばかりで言いにくいのだけれど、クランとしての活動を、一時的に自粛して欲しいの」


 一馬は流石に渋い顔を浮かべた。


 死傷者が出て、未成年である自分たちだけでは、すぐに復帰できないだろうとは、電話口で知らされていた。


 今回の失敗で、ダンジョン庁が介入する事もあり得るかもしれない。そうなれば長期間ダンジョンに挑む事はできない。


「それは、流石に……」


「じゃ、じゃあさ、カズマさん。アーリアの助手やらない? アーリアは国際探索免許証ゴールドライセンス持ちなんだけど……」


 アーリアはおずおずと金縁のカードをサイフから取り出した。車の免許証に似ていて、アーリアの顔写真入りのライセンスカードだった。


「え、いいの?」


「前からやってみたいなって、思ってたの。配信」


「ベテラン同行の個人配信なら問題は無いわ。と言うかアーリアさん。ゴールド持ちなのね……」


「あ、あうぅ……それに、初めての魔法を使ったから、しばらく一緒にいて、詳しくカズマさんの経過を見なきゃ……」


 少々気まずそうに、アーリアは言葉を選んでいる。


 彼女は一馬にクマモンスターの遺体を使い、身体の欠損部分を混ぜ合わせて、助けた事を既に説明している。


 気絶していて実感の無い一馬は、いまだ彼女の説明に対して、半身半疑だった。


「その事なんだけど、本当なの? アーリア」


「その、あの……ね。アーリアの魔法の腕がもっと上なら、肉片とか使わずできたんだけど、ごめん……」


「魔法、ですか……」

「信じられない……?」


 アーリアが杖をかざすと、台所からお茶漬けの煎餅せんべいが、ふわふわと独りでに飛んできて手に収まった。


 さらに勝手に洗濯物を洗濯籠に取り込んで、タンスに畳んでしまわれて行った。


「ここなら、こういうのもできるよ……」


 もう一度杖をかざすと、今度は小さな風が逆巻いて、いくつもの渦を作り出した。


 さらに庭の池から水が独りでに流れてきて、蛇のようにまとまって、優雅に頭を下げて挨拶した。


 二人は目の前の信じられない光景に、空いた口がふさがらなかった。


「えっと……この家も猫さんたちしかいないし、アーリアの部屋以外は自由に使ってね。カズマさん?」


「あ、ああ。うん……ありがとう……」


「あ、あれ? このガチャの妖精って、なぁに?」


 呆けながら池に戻っていく水蛇を見つめていた冬子は、スマホを指さしたアーリアの声で我に返った。


「あー……本家の動画、TDDのガチャ宗教の対象になってるみたいなのよ」


 ガチャ宗教とは、特定の時間帯にガチャを行う。

 風呂で身を清めるなど一定の行動で、自身の運気を上げ、レアリティの高いキャラクターを求めてガチャに挑むと言う、おまじないの一種である。


「じゃあ、この動画見たら、当たるの!?」


「どうかしら。本人に、ご利益ってあると思う?」


「無い、って事は無いんじゃないでしょうかね?」


 アーリアは早速動画を見て、わくわくしながらガチャを引いて見た。


 おなじみの金貨が落下する音が響き、10回分、ぐるぐると白い光が回転する。


 レアリティ★2のキャラクターが1人だけ当たった。最低保証の結果に、彼女は渋い顔を浮かべるしか無かった。

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