黙示録の殺し屋

ウェスカーくん

プロローグ

「助けてください!」

 女は必死で目の前の扉を叩く。

 屍の呻き声が、すぐそこまで来ている。

「誰かー!」

 女が叫んでいると、突然扉が開かれた。そこにいた長髪の男に腕を掴まれ、女はぐいっと中へ引きずりこまれる。


 長髪の男は扉を閉めると、急いで鍵を閉めてチェーンを掛けた。

 口元を布で覆っている長髪の男は、ゴーグル越しに女をじろじろ見ている。

「噛まれてない?」

「…………はい」

 見ると、男は腰のベルトにナイフを装備している。

「来て」

 女が長髪の男についてリビングの方に行くと、そこには三人の男が座っていた。

「…………こんにちは」

「お、いいねぇ。可愛いじゃん」

 真っ先に女に近づいたのは、いかにもチャラそうな金髪の男だ。男は女に手を差し出した。

「よろしく」

「あ、よろしく……お願いします」

 女はおもむろに手を出して、握手を交わした。その時、女は金髪の男が血のついた刃物を腰に装備しているのを見た。

「おーい、そいつ噛まれてるかもよ」

 次に女に近づいたのは、短髪の男だ。

「な? 噛まれてんだろ?」

「あ、いや……噛まれて……ないです」

 長髪の男はキッチンでボトルのお茶を飲んでいる。アフロの男は腕を組み、ガムを噛みながらずっと無言で壁際に座っている。金髪の男はニヤつきながら、細い目で女をじろじろ見つめている。

 短髪の男が、女にナイフを突きつけた。

「脱げよ」

「……え」

「服も下着もぜーんぶ脱げ。噛み傷がないか確認する」

「え、あ……でも、噛まれてない……」

「いーから、はやく」

 女に突きつけられたナイフがきらり、と鋭い光を反射する。

「はーやーくー」

 金髪の男が手拍子をしながら煽る。

「はーやーく。はーやーく」


「あぁ、だめだ。やっぱり私こういうの無理だなぁ。うん、まぁしょうがない」

 女は小さく呟くと、バッグから拳銃を取り出して短髪の男の眉間を撃ち抜いた。鋭く乾いた音が響き渡る。近くにいた金髪の男に鮮血が飛び散った。

「…………は?」

 女は続けて金髪の男の頭も撃ち抜いた。金髪の男は力を失って床に倒れる。

 キッチンにいた長髪の男は二人の死体を見ると、玄関に向かって駆け出した。女はすかさず照準を合わせ、引き金を引いた。その瞬間、照準が大きくずれ、弾は天井に命中した。女は腕を凄まじい力で弾かれ、銃を手から落としてしまう。

 女は油断した。長髪の男を取り逃がしてしまった。後ろにいたアフロの男が邪魔をしたからだ。アフロは澄ました顔で女の首を締め上げ、今にも骨をへし折りそうだ。

「…………ぐっ……」

 女は呼吸が出来ない中、拘束を抜けようと必死に抵抗する。アフロの腕は岩のように頑丈で、叩けど引っ掻けど一向に力は緩まない。女が気を失いかけたその時。

「よっ……と」

 アフロが何かに吹き飛ばされ、女はやっと拘束を抜けた。

「ケホっ……ケホっ……」

「姉ちゃん、始めんの早くない? 俺まだ合図してないんだけど」

 アフロは、窓から侵入してきた黒髪の男が放った蹴りによって吹き飛ばされたのだ。

「俺が来なかったらヤバかったんじゃない?」

「は? 別に……もう少しで抜けれてたし」

 アフロがゆっくりと立ち上がった。

「何なの? お前ら。いきなり来て俺の友達二人も殺して」

「……二人? あー、姉ちゃん一人逃がしちゃったんだ」

「うっさい」

 女は床に落ちた拳銃を拾い、銃口をアフロに向けた。

「何で銃持ってんだよ。お前ら何者だ?」

「いいよいいよ、姉ちゃんは逃げた奴追って。こいつは俺が殺っとくから」

「……わかった」

 女は長髪の男を追って玄関から外に出た。

「俺は無視かよ」

 アフロは顔の前で拳を構える。黒髪の男は深呼吸をする。二人の間に緊張が走る中、アフロが指をクイッと動かして手招きした。


 黒髪がアフロに向かって駆け出した。その瞬間、アフロがプッと吐き出したのは、噛んでいたガムだ。黒髪は優れた動体視力で飛んできたガムを下に避けたが、そこには既にアフロの膝が迫っていた。

 黒髪はアフロの膝を顔面にもろ喰らい、壁に吹っ飛ばされた。鼻から血が垂れてくる。

「……意外と強いな」

 今、ガムを避けたのは間違いだ。手で弾くのが正解だった。

「まぁいいや。噛んでたガムなんてキモくて触りたくねぇし」

 鼻血を拭いながら呟いていると、いつの間にかアフロは目の前にいた。

 うずくまっている黒髪に、アフロは躊躇なく蹴りを繰り出したが、その蹴りが当たる前に軸足を黒髪に引っ張られて転倒した。

 アフロの蹴りは空を切り、倒れた隙に黒髪がアフロの顔面めがけてエルボーを繰り出した。素早い動きだったが、アフロはすんでのところでその攻撃を避け、肘が鼻先に掠めた。

 しかし、黒髪がそのまま放った裏拳はアフロの顔面に直撃した。

「ぶふっ……!」

 アフロは喰らった勢いそのままに体を転がして立ち上がった。鼻から血が垂れてくる。

 お互い立ち上がり、再び向かい合って戦闘態勢に入る。

 今度はアフロが手招きをするまでもなく、黒髪が駆け出した。アフロの顔に向かって拳が迫ってくる。


 アフロは怯んでいた。さっき黒髪からの反撃を喰らったときから黒髪に対する怯えが芽生えていた。それは、自分の方が圧倒的に強いと慢心していたからだ。

 黒髪の拳が迫ってきた一瞬、アフロは恐怖した。その一瞬の恐怖心が、アフロの運命を変えた。アフロは避けることしか考えていなかった。今なら避けられる。まだ間に合う。そう思って避けようとした瞬間、黒髪の拳が伸びた。拳を開いて指を伸ばしたのだ。

 アフロは避けられなかった。黒髪の指は勢いのままアフロの目に命中し、そのまま目玉を抉った。

「がああああ!」

 アフロは目をおさえて床に倒れ伏した。

「ぐぁ……! いってぇ……!」

「よし。はーい、こっちきてー」

 黒髪はアフロの服を掴んで体を引きずり、ベランダに出た。痛みに悶えるアフロを無理やり立ち上がらせ、手すりに寄りかからせる。

「ちょ…ちょっと……ちょっと待って!」

「よい……しょっ…と!」

 足を持ち上げ、ベランダから外に放る。ここから地面までは約十メートルある。落ちれば即死だろう。

 アフロは叫び声をあげながら、落下していく。やがて地面に到達すると同時に声はプツンと途切れた。

 落下したアフロに、わらわらと屍たちが群がってきている。

「おー、食ってる食ってる」

 黒髪はその光景を見て、動物園のエサやりを思い出していた。

「久々に強いやつだったな。ナイスファイト」



 長髪の男が一体の屍に忍び寄り、背後からナイフで頭を突き刺す。

「ハァ…ハァ…次から次へと…」

 後ろを見ると、女が銃を構えてこちらに向けていた。

「ちょ、ちょ、ちょ……」

 パン!

 鋭く乾いた音が響く。長髪の男は殺したばかりの屍を盾にして弾を防いだ。

「ハァ……くそっ」

 階段を駆け上がって女から逃げる長髪の男。女は手慣れた様子で拳銃に弾を装填しながらそれを追う。

 屋上まで来た長髪の男は逃げ場を失った。扉を塞ぐ間もなく、女もすぐに屋上に着いた。

「ま、まてまて! 待てよ…。俺、何も悪いことしてないじゃん。家に入れてあげたじゃん!生き残った者同士なんだし、仲良くしようよ……」

 女は無視をして、拳銃を構える。

「なんなんだよ。あんた何者なんだよ……」

 パンッ!


「お疲れー」

 マンションの外壁側から黒髪の男が屋上に上ってきた。

「そこで聞いてたけどさ、俺たちの正体くらい教えてあげても良かったんじゃない?」

「ダメだよぉ。ルール違反になっちゃうよ」

「ルールねぇ……。守る意味あんのかね」

 黒髪は、おでこに穴を開けて倒れている長髪の男の写真を撮った。

「よーし、オッケー」

「じゃあもう行くよ」

「あ、ちょっと待って」

 黒髪は長髪の男の死体を担いだ。

「何やってんの?」

「ん? エサやりだよ」

 そのまま屋上の端へと向かう。

「落とす前に教えといてやるか。死んでるから意味ねーけど」

 黒髪は長髪の男を屋上の柵に立て掛け、死体に向かって囁いた。

「俺たちは、ただの殺し屋だよ」

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